32話 リリスの記憶
——チクタク——チクタク——
振り子時計が、刻を刻む。
お母さんが、小さな私に本を読んでいるの。
「お姉ちゃん…どこ?」
ただの記憶だとわかっていても、何度も聞いてしまう。
——チクタク——チクタク——
振り子時計が、刻を刻む。
——おねえちゃんが、かならずたすけるから!
公爵家に出される私を、慰めてくれたお姉ちゃん。
私は、捨てられたんじゃないって思えた。
——チクタク——チクタク——
振り子時計が、刻を刻む。
幽閉された小さな私。
部屋には、物語の本しか話し相手がいなかったの。
——感情を殺しなさい
——考えるのを、やめなさい
それから1年間…私は考えるのをやめた。
お姉ちゃんが、きっと助けてくれる。
——チクタク——チクタク——
「おまえは、あと11年の寿命だそうだ」
叔父様から言われた言葉にも、何も感じなかった。
ただ、ステータスの数字の意味が、わかったと思った。
——生きてるってなに?
閉じ込められた部屋の窓から、赤い月を見上げる。
——チクタク——チクタク——
「レンっス。今日からマブダチっス」
「そう」
私の心は、平穏だった。
きっとあれは、最後のテスト。
——チクタク——チクタク——
私は、18までの命で構わない。
王族を、名乗り出る気もない。
だって、18で終わる私より、お姉ちゃんに幸せになってもらいたいの。
でも、もし願いが叶うなら、お姉ちゃんと仲良くなりたいな。
…
……
………
リリスが倒れた後、王宮から呼び寄せた二台の馬車が育成場へと到着する。
「気を失っているだけでしょう」
王女殿下が手配した宮廷魔導師が、呟く。
「情けない子ね」
王女殿下はそう言い残すと、手配した馬車へと乗り込む。
私もそれに続いた。
まだ目覚めないリリスは、レンと一緒にもう一台の馬車のようだ。
そして、二台の馬車は旧貴族街へと馬を走らせる。
「…血が、苦手なのですかね?」
「…ゴブリンよ?」
私の言葉に、彼女はありえないと鼻で笑う。
彼女達の感覚では、理解できない事なのだろう。
私にも、もうわからない感覚だ。
二人っきりの空間に、沈黙が流れる。
私達は、それぞれ別々の窓の外を眺めた。
「……」
「……」
閑散とした平野から、国民街の賑わいへと景色が変わる。
人々は、希望祭の飾り付けに精を出していた。
「…希望祭の日、予定はあるのかしら?」
王女殿下が、窓の外を眺めながら言う。
「私ですか?」
「他に誰がいるのよ」
「特にないですよ」
適当に、露店を回ろうと思っているくらいだ。
「なら、付き合いなさい」
「良いですけど…」
他に誘う相手はと言いかけて、言葉を止める。
「去年までは一人で、回っていたのですか?」
「部屋にいたわ」
満点回答が、告げられる。
何がと言えば、ボッチ検定なのだが…。
とは言え、私も人の事は言えないだろう。
外の喧騒に五月蠅さを感じ、寝て過ごした年もあるのだ。
「光栄に思いなさい。私が初めて参加する希望祭のお相手よ?」
「深窓の御令嬢でしたら、そう思うところでしたね」
それに相応しい身分ではあるが、それに相応しくない性格が全てを台無しにしている。
「…あなた、いつも一言多いのよ」
慣れた私との会話に、王女殿下はいつも通り芝居がかった溜息をついた。




