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31話 少女と育成場

——チクタク——チクタク——

振り子時計が、刻を刻む。


膝を抱えた黒髪の少女。


「あら?またここから始めるのかしら?」


真っ暗な空間に向かって、私は問いかける。


いつも、ここから始まるのだ。

私には、6歳以前の記憶がなかった。


私の声が届いたのか、場面は変わる。


カウントダウンするステータス画面の一文。


——わたしは、なんで生まれてきたの?


お母様から告げたられた言葉に、泣き叫ぶ幼い私。


入学した学院では、荒れた心が、平凡な学生生活を遠ざけた。

それらが、走馬灯のように流れる。


——守護騎士さま


「子供って単純よね」


たった一つの物語に憧れて、幼い私は立ち上がったのよ。


——お友だちなんて、いらないの


私には、時間がなかった。

全てを魔法陣に捧げたわ。


それなのに…


——お姉ちゃん


遅れて入学したあの子は、全てを諦めていたわ。

運命を受け入れていたの。


——私に話しかけないで


何度も繰り返した言葉。

あの子が許せなかったの。


私は諦めてなんかいないのに…。

諦めたあの子が、許せなかったの。


「でも、それも終わりね」


魔法陣を読み解いた私には、こんな過去は意味をなさないわ。


——おねえちゃんが、かならずたすけるから!


「良いわ。私が、あなたの英雄になってあげる」


もう、それしか残っていないの。


——だれかたすけて


幼い声に、耳を塞ぐ。


……

………


国民街を歩くいつもの4人。

街は、希望祭の準備をする人々で賑わっていた。


準備中の屋台を覗いては、本番のルートチェックをする。

美味しいものを食べて、満腹になりたいとのレンの提案だ。


だが、そんな空気の中、


「育成場に、行かない?」

「育成場っスか?」


レンは、屋台から王女殿下に視線を移す。


「レベルは上限かしら?」

「いえ、ただリーやんは…」


そう言って、リリスを見る。

彼女は明らかに顔色を悪くして、震えていた。


「あなた、あんなものが怖いの?」

「怖い…」


鼻で笑う王女殿下と、震えるリリス。


「それじゃあ、弱いままよ」

「確かに、リーやんはレベルが低すぎるっスね」

「強くなる…何がある?」


リリスは、なぜか私の方を見る。

ああ、魔力が見えるのでしたね。


リリスの視線に言葉と視線に釣られて、二人も私を何気なく見る。


「…自由が、手に入りますかね?」


遠い昔の自分をリリスに重ねて、私は答えた。


「…自由」

「あなた変わった事を言うのね」

「深いっス?」


私は、愛想笑いを3人に返した。


「…やってみる」

「おお!?リーやんがやる気に!?」

「なら、行きましょう」


王女殿下がそう言って、育成場行きの馬車へと乗り込んだ。


徒歩よりずっと早く変わる景色。

国民街から遠くに見えていた山が近づく。


ここも国民街の城壁の範囲なのだが、街からはかなり離れて閑散としていた。


定期便の場所が出てる通り、普段は予約で賑わう場所なのだが、希望祭の準備があるのか、人の数は少ない。


私達は馬車から降りると、山の斜面を削り建てられた門の前に立つ。


その性質上、重厚な門は厳重に管理されているのだ。


そして、完全予約制なのだが、


「空けてもらえるかしら?」


王族の言葉は、絶対なのだ。

王女殿下の意図通り、忙しなく動き出す兵士達。


「さすが王女様っス」


その感想通り、しばらくして重厚な門が開いた。

洞窟をくり抜いた回廊が姿を現す。


兵士に先導されて、私達はその先に進む。

死臭が微かに臭う。

リリスは、変わらず顔色を悪くしていた。


そして、聴こえてくるのは人ではない鳴き声。

回廊を抜けた先は、四方を山で囲まれた場所だった。

いや、山の中心を綺麗にくり抜いた場所と言った方が、正しいだろう。


変わらないですね。

私は、その中心に空いた円形の穴を覗く。


穴の底は遠い昔と変わらず、沼とも呼ばれる魔力だまりが蠢いている。


この地を開拓したハーフエルフが、造ったものでしたかね。


そして、鎖に繋がれた檻。

その中には、鎖で縛られたゴブリンの姿だ。


都市国家の中には、存在するはずのない姿。

人間とは、恐ろしいものなのだ。

経験値の為に、ゴブリンを繁殖させているのだ。


吊るされた檻が、沼に降ろされる。

人間とは、残酷なのだ。

沼は人を魔物に変える。


では、魔物は?

その答えは、引き上げられた檻の中にある。


ホブゴブリン。

魔物は魔力を吸い込み、強化されるのだ。


だが、檻は魔物の自由を許さず、その鎖は動きを縛っている。


実に、効率的だと称えよう。


——あそこじゃ、技は身に付かないよ


ただ魔物の心臓に、剣を突き立てれば良いのだ。


そして、王都エルムの選ばれた民は、それを日常として、受け入れている。


それは、騎士であり、兵士であり、学院の生徒であり…。

その中の筆頭が、剣を突き立てる。

魔物の悲鳴が、こだまする。

まるで食事のナイフのようだ。


「…変わらないわね」


王女殿下は、自分のステータスを確認して、呟いた。


そして、息絶えたホブゴブリンから剣を抜くと、緑色の血が流れ出た。


「…嫌…嫌っ!」

「…ん?」


私の横に立つ黒髪の少女から溢れる、小さな悲鳴。

少女は悲鳴を震えさせ、倒れた。



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