29話 運命
王女殿下の部屋
今日も王女は、机に向かい魔法陣を読み解いている。
「…目処が立ったわね」
そう言い、書き込まれたノートと古い用紙を見比べた。
そのどちらも似たような魔法陣が、描き込まれている。
——私の後を追っても、同じ結果にしかなりませんよ
彼女はそう言って、この用紙とミーちゃんを幼い私に渡したのだ。
何が書かれているか、理解できなかった魔法陣の言葉も、今は理解ができる。
だから、目処が立ったのだ。
「…結局、彼女の言う通りね」
王女は机の上でくつろぐ、友人を撫でる。
その眼差しは、諦めの色が浮かんでいた。
悪い方に、目処が立ったのだ。
どういう原理で発動するか、理解出来てしまったのだ。
——魔法は理論である
詠唱魔法も魔法陣も、まずはその一節から説明が始まる。
理論から、外れる結果はないのだ。
それでもと、王女の瞳に決意の光が灯る。
幼い日の約束があるのだ。
ただ、あの子とは疎遠になっていた。
運命を受け入れたあの子が、許せなかったせいで。
こんな時に相談できるお友達がいればと、ミーちゃんを撫でる。
「あら?そう言えば…」
何かを思い出した王女は、侍従を呼ぶ。
「あの子は、今日も来ないのかしら?」
また暫く顔を見せない彼女に、どんな嫌味を放とうかと口元が緩む。
だが、侍従から告げられたのは、
「公爵家の使用人が、向かってる?」
どうやら、あの子も一緒らしい。
意外な接点と共に、王家の情報網に感心する。
「…お母様が、見張らせたのかしら?」
あんな様子だが、お父様に王位を譲るまで、一国を治めていたのだ。
王女は運命的なものを感じつつ、部屋を出た。
…
……
………
旧貴族街 六畳一間の鳥籠
今日も私は、狭くて広いベッドで目を覚ます。
この時ばかりは、この成長しない身体に感謝しよう。
「…お昼ですかねぇ」
窓から差し込む日差しと暖かい匂い。
いつもの昼下がりだ。
だが、いつもと違うのは…
ドンドン!
狭い部屋に鳴り響くノックの音。
「そんな力強く叩かなくても…」
この鳥籠を知るものならば、わかっているはずなのだ。
そして、扉を叩く音が収まったと思えば、
カチリッ
私は思わず、窓辺に置かれた部屋の鍵を見る。
開くはずのない扉が動く、私は自然と身構えた。
「おや?起きてるッスね?」
「おはようございます」
そこには、二人の少女がいた。
「なあ?どうやって開けたんだ?」
「アタシの腕を褒めてくれて、イイんだよ?」
レンが、髪留めを変形させた針金を自慢げに掲げる。
「レンちゃんは凄い」
リリスが、小さな胸を張る。
「鍵をこじ開けて入るなんて、非常識ですね」
「開いてたっスよ?無用心っスねぇ」
レンがわざとらしい口調で、瞬時にシラを切る。
「来ないから」
リリスが、ポツリと呟く。
「そうそう!全然顔を見せないから、心配したんだよねぇ」
「ああ…」
二人と最後に会ったのは、何週間前だったかと思い返す。
「よく私の部屋が、わかりましたね」
教えた記憶はないのだ。
「公爵家の情報網を、舐めないでもらいたいネ」
「レンちゃんは、凄い」
なぜか使用人が、勝ち誇った表情を浮かべている。
「じゃあ、行くっスよ」
「どこに?」
「新しい店…見つけた」
説明する気がイマイチ薄い気がする二人に急かされ、私は鳥籠を後にする。
…
……
………
国民街の一画。
高級店が並ぶその場所に、目的地のカフェはあった。
優雅にティータイムを楽しむマダム達。
案内されたのは窓際の席だ。
「スペシャルドリームパフェを3つっス!」
ピンクが、店員に向かい叫んだ。
「甘いものは、そんなに好きじゃないんだが」
私は、小さな抗議の声を上げる。
「意外…」
「女子力低いっスよ?」
そんな二人の声を無視して、私は軽食を頼む。
しばらくして注文品が並ぶと、
「では、マブダチ作戦会議を始めるっスよ!」
その言葉に、リリスが淡々とうなづく。
「なあ…」
「あら?何かしら、その作戦というのは?」
それはそっちで勝手にやってくれと、私が言いかけた時、聞き慣れた声がすぐ近くから発せられた。
私の視線が、こんな女の子らしい場所にいるはずがないと幻を確認し、動く。
私の視線に釣られたレンは、幻を見て石像へと姿を変えた。
「おはようございます」
リリスは、相変わらずだ。
王女殿下は、そんな雰囲気を無視して、私の横の椅子に座る。
「私も同じのを」
そして、駆け寄って来た店員に、リリス達と同じパフェをと指差した。
「それで、私を無視して、何をしているのかしら?」
彼女と最後に会ったのは、何日前だったかと思い出す。
ああ、これは怒られるやつだ。
時間の感覚が緩くなった私は、契約違反を理解する。
「王妃様は、お怒りでしょうか?」
「知らないわ」
そう言って、王女は私の皿からサンドイッチを一掴みする。
「あのそれは私の…」
「私達、お友達よね?」
——銀貨20枚
そんな言葉が頭に浮かび、どうぞどうぞとゴマをする。
「王女殿下のご友人?」
石像が、驚きの声と共に動き出す。
「それで、作戦とは何かしら?」
「ああ…」
私の思考が、フル回転する。
なぜここにいるかもわからないが、なぜかここにいる王女殿下は、この場に興味を持っているのだ。
彼女は、友人が欲しいのだろうか?
…否。
王女と黒髪の少女の学院でのやり取りを思い出す。
——私に話しかけないで
あれは、完璧な拒絶。
だが、あの時の王女殿下の表情は…。
そして、彼女の性格から考えれば、声などかけないだろう。
つまり、彼女は人との関わり方がわからないのだ。
さすが根っからのボッチ。
そう結論づけた私は、
「いえ、友達を増やすには、どうしたら良いかという話し合いですよ」
私はそう言って、動き出した石像に目で合図を送る。
「そうっス!リーやんに友達が出来ないから、良い案を考えてる…っス!」
余程、王女殿下が怖いのか、最後に失速しかける。
「…そう。あなた友達ができないの?」
追加されたパフェを口に運びながら、王女殿下は初めて黒髪の少女を視界に入れた。
「うん」
「見た目通りね」
真のボッチが、なんの気遣いも感じさせない一言を放つ。
そして、季節外れの寒気を感じさせたまま、並べられたパフェだけが黙々と減っていくのだった。




