28話 答え合わせ
「あら?誰だったかしら?」
ボッチが、会心の一撃を放つ。
「寂しかったですか?」
だが、私のHPを削り切る事はできず、カウンターを返す。
「…フン」
鼻で笑うとは、正にこの事だろう。
「あなたがいなくなっても…」
王女殿下はクスリと笑い、
「そうね、1年は覚えておいてあげるわ」
「一瞬じゃないですか」
「一瞬?私の1年は貴重なのよ?」
思わず漏れた私の感覚に、彼女は不可解な表情を浮かべた。
「新しい本は入荷しましたか?」
「ここは、書店じゃないのよ」
彼女は呆れたように、だけど慣れた口調で私をかわすと机の上に広げられた本へと、視線を戻した。
「何をしましょうかね」
「本がなくて落ち着かないなら、お母様にお願いするのね」
「…なるほど」
「あなたとお茶をしたいって言ってたわ」
王妃様に本をねだるなんて、無茶な事を言うと思ったが、どうやら半分本気のようだ。
「そういえば、誘われてましたね」
「行って来て良いのよ?そこで寝てられても、目障りですもの」
この子は本当に一言多いなと、心のノートに書き殴り、私は部屋を出た。
そして、当たり前のように窓辺に座る知的な眼鏡。
だが、彼女はその冷たい相棒を外し、何やら手鏡を覗いている。
見れば、手鏡を見ながら、口角を上げ…つまり笑っていた。
「…何をしているんですか?」
「…?」
私と目が合った彼女は、
「きゃっ!?」
可愛い悲鳴をあげた。
「あの…?」
「え?見ました?見てました!?」
「ええ、バッチリ?」
手鏡を見ながら、ニヤニヤしてた姿を指しているのだろう。
「…どうでした?」
…どう?
私の思考が、フル回転する。
選択肢を間違えるなと、無駄に高い知力が警告する。
だが、そのセリフはあまりにも恥ずかしく、
「…可愛かったですよ」
私は心を殺して、精一杯の笑顔を浮かべた。
「…可愛い…私が可愛い…」
私の言葉を受け止めた彼女は、手鏡を何度も確認しながら、呟いている。
「王妃様にお会いしたいのですが?」
「…はっ!?」
王妃様という言葉に反応したのか、彼女は手鏡をポケットにしまい相棒を取り戻した。
「…ご案内します」
そして、また冷たい威圧を無意識に放つのだった。
…
……
………
「今、お茶を用意させますからね」
場所は、中央に噴水の置かれた広場の一角。
他人払いをしたのか、辺りには気配がない。
こんな簡単に会える立場の人なのだろうかと、頭に疑問符を浮かべているうちに運ばれる菓子と緑茶。
そして、また人の気配が消えると、彼女との二人っきりの空間が作られた。
「アリスさんとこうやってお茶が出来るなんて、夢のようですわ」
「どういう意味ですか?」
「…深い意味はないですわ」
つまり社交辞令という事なのだろう。
貴族の作法は、こういう面倒な言い回しが多いから嫌いなのだ。
「冒険者ギルドからの依頼で、来て頂いたのですよね?」
「そうですね」
腐れ縁のマスターに感謝しよう。
最底辺の生活から一変したのだ。
「何人目だと仰ってましたか?」
「…何人目?ああ、一人目ですかね?」
マスターとの会話を思い出し、答える。
「ふふ、三人目ですわ」
「……」
前言撤回。
マスターとは、一度よく話し合う必要がありそうだ。
「最初にいらした方は、珍しい物をお持ちでしたの」
「珍しいもの?」
「王家の印が押された本物の書状ですわ」
その言葉を聞き、私は首を傾げる。
移民街で、そんな物が手に入るはずがないのだ。
「ふふ、本物と言っても大昔の書状ですの」
「大昔ですか」
「ええ、家宝として大切に受け継がれていたそうよ」
…移民街に貴族の末裔が?
私はからかわれてるのかと思い、王妃様を見る。
「先祖が、宮中伯だったそうですの」
「…ああ」
——そなたの判断は正しい
彼女は満面の笑みを浮かべていた。
——そなたは賢き者だ
嘘だ。
——だから、受け入れよ
これは、殺したい程の怒りを表しているのだ。
あれ程、辛辣な姿は後にも先にも知らない。
「…ご存知なのですね?」
「風の噂程度ですよ。それで一人目の方は?」
「市民として暮らしておりますわ」
その者が貴族位の復興を夢見るのなら、また何代も重ね、子孫はまず国民を目指すだろう。
この国は、そうやって歩んできたのだ。
「アリスさんとお話しするのは、やっぱり楽しいですわ。王宮は退屈すぎますもの」
「王妃様の退屈を埋めれたようで、光栄でございます」
「あら?ふふ」
私の畏まったセリフが面白かったのか、王妃は笑みをこぼす。
「私の好きな物語の言い回しですわ」
「なんて物語なのですか?」
「そうですね…」
私の言葉に王妃は、んーと顎に手を当てる。
「今から書店に行って、アリスさんが当てるというのはいかがですか?」
「んー」
彼女の突拍子もない提案に、今度は私が真似をする。
「本をねだってもいいですか?」
「ええ、もちろんですわ」
言質を取った私の足取りは軽く。
私達は、席を立つ。
城門を抜け、
「この先に、私の行きつけがありますの」
国民街に出ると、王妃はまるで幼い子供のように駆け出した。
案内されたのは、昔来た事のある書店だ。
主に冒険譚や物語を扱う専門店だ。
「王妃様も冒険譚が好きなのでしょうか?」
「ええ、いつか吟遊詩人に私の物語を詩ってもらいますわ」
そして、書店の扉を開けると中に入る。
「探して来てくださる?」
王妃は入り口で立ち止まり、先程の答え合わせを促す。
私は、本棚の前に立った。
「…相変わらず高いな」
答え合わせより先に、私はねだる本を選別しながら、値札を見て呟く。
王妃は相変わらず入り口に立ち、こちらを眺めている。
——私の物語は、ここから始まったのね
私には聞き取れない声量で、何かを呟いた。




