26話 ツインテールの少女
王都エルム 女子寮の一室
私は遠い記憶を思い浮かべて、目の前の少女に紅蓮のフレイラの最後を語った。
もっとも、私の記憶だとわからないように、だいぶ脚色はしたが、
「最後は、勝てなかったライバルに勝った。熱い物語」
つまり修行を積んだフレイラさんは、ライバルに勝ち、めでたしめでたしという物語だ。
目の前の少女は、喜んでいるようなので、これで良いだろう。
すまないな、アイリス。
パチパチと小さく拍手を刻む少女を横目に、他の本にも目を走らす。
「知らない本…ある?」
「この辺りは、読んだ事がないタイトルですね」
「ほぅほぅ。新しい本ばかり」
私が積み上げられた本を選別すると、少女は呟いた。
「これオススメ」
そう言って、一冊の本を指差すのだが、
バンッ!
音を立てて、廊下へと繋がる部屋の扉が勢い良く開かれる。
「おいーーっス!!」
そして、幼い女性を連想させる声色が部屋に響き渡る。
私は後ろに振り返ると、そこにはピンク色の髪をなびかせたツインテールの少女がいた。
ポーズを決め、部屋に飛び込んできたピンク髪は、
「リーやん、あっそぼーぜぃ!」
と、勢いそのままに叫ぶ。
「……」
私達と目が合う。
視線が交互に交差する。
しばしの沈黙。
そして、
「リーやんが、女の子を連れてこんでるぅぅ!?」
叫んだ。
「おい」
「新しい友達」
思わずツッコむ私と、変わらない口調で呟く黒髪の少女。
「どこまで!?どこまでの関係なんスか!?」
瞬時に距離を詰め、私達の机の上に顎を乗せる。
「本を読んでいた」
「この…いかがわしい本を…リーやんと…」
「私の宝物」
「もうそんな仲になってるだなんて!?」
「うん」
噛み合っていないように感じる会話が、ごく当たり前に進んでいく。
私は、もちろん蚊帳の外だ。
「リーやんの愛人1号っス!2号さん、ヨロシクっス!」
ピンク髪の少女は、そう言って私の手を強引に握る。
「なぁ?どこからツッコんだら、良いんだ?」
私は思わず、助け舟の視線を黒髪の少女に送る。
手は握られたままだ。
「レンちゃんは面白い」
「レンっス!1号さんでもイイっスよ?」
繋がれた手を、上下に振られる。
「…ああ」
その空気に飲まれた私は、流されるままに呟く。
「お二人の馴れ初めを聞きたいっスね」
「昨日、王女様の横」
「…王女…殿下?」
黒髪の少女の回答に、先程のテンションとは打って変わり、静かにこちらを観察するツインテールの少女。
握られた手が止まり、離れたと思った瞬間、彼女は後ろに下り、勢い良く頭を床にこすりつけた。
平身低頭、見事な土下座だ。
「王女殿下の使者とは知らず、ごめんなさい!」
八の字を描きながら、床につけられた両手は、小刻みに震えている。
殿下の威厳もなかなかですね。
私はクスリと笑うと、
「この事は、殿下に伝えておきましょうかね」
いじわるをしてみた。
それ程までに、見事な土下座なのだ。
だが、
パシッ
私の頭は、何か薄いものに叩かれる。
その方向を見れば、黒髪の少女が、薄い本を私の頭に振り下ろしている。
「レンちゃん…いじめる。ダメ」
「リーやん…」
「大丈夫。友達」
立ち上がるよう促す、黒髪の少女。
「まぁ、使者ではありませんね」
「ま、まぎらわしいっスよ!?」
「レンちゃん…」
私は彼女の抗議を受け流すと、黒髪の少女は説明を始めるのだった。
「だから…」
「ふむ、リーやんが連れ込んだと」
「うん。お友達」
「これから、進展してくと」
そして、納得?した様子のツインテール。
「リーやんのマブダチのレンっス!」
「…アリスだ」
また手を握られる。
「王女様の使者ではないっスね?」
「ああ、ただの友達だよ」
彼女の雰囲気に思わず、素の口調で答える。
「リーやんが、何者か知ってるのかな?」
「…うん?」
先程と変わり、落ち着いた口調と探るような視線。
「学院の生徒だろ?」
「……」
ツインテールと視線が交互する。
「…ふふふ、聞いて驚くっスよ?リーやんは、公爵家のご令嬢なんスよ!」
「…公爵家」
貴族の最高位はと問われたら、侯爵だと答えるだろう。
それは、通常の貴族が到達できる最終地点だからだ。
公爵とはその外にあり、上にあるとも言える。
王族だけが就く事のできる爵位なのだ。
もっともハーフエルフの国の公爵とは、国王の兄弟姉妹だけが就く一代限りの名誉爵位であった。
世襲制ではない代わりに、王位継承権が発生する。
つまり黒髪の少女は公爵家ではあるが、公爵になる事はないのだ。
「レンちゃん…」
階級社会の貴族学院。
様々な事があったのか、黒髪の少女は微妙な表情を浮かべた。
「私には関係ありませんね。学生ではないので」
雇用主は既にいるのだ。
王妃様という最高権力の雇用主が。
ツインテールとまた視線が交互する。
「愛人合格っス」
彼女は表情を緩ますと、また先程の調子でニカっと笑った。
 




