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25話 紅蓮のフレイラ

遠い昔、彼女がまだ若かった頃、


——ボクが生きた証を残したいんだ


——子供がいるだろ?


——うん、ボクの願いを叶えてくれてありがとう


そして、月日は流れ、


——この子はボク以上の才能がある


——育成場じゃダメだよ


——あそこじゃ、技は身に付かないよ


断片的な記憶が映像のように流れる。


——この子、キミに挑むかもね


ここまでが、物語で語られている時代の彼女だ。

もっとも、こんな私的な部分は、私の記憶なのだが。


そして、そこから月日は何十年か流れ、彼女は第六城壁の外に居を構えていた。


今のように第七城壁もないただの荒野だ。

獣や魔物、果ては盗賊から身を守る城壁もない、ただの荒野だ。


そうあれは、フィーナが旅立った後だったな。

人間もハーフエルフも獣人も、精々長くて40〜50年しか生きないのだ。


「おや、珍しい顔が来たじゃないか」


40を超えたアイリスは、少しシワを増やして私を出迎えた。

口調は年相応に、年長者らしい威厳を漂わせている。


「フィーナが旅立ちましたよ」

「そうかい」


彼女に招かれた木目調の和室のような部屋に、腰を降ろし、呟く。


アイリスは、ただ大きく開かれた窓の外を眺めていた。

視界を遮るものが無い荒野が広がっている。


「アタシも、そろそろかねぇ」

「そんな悲しい事、言わないで下さいよ」

「それが人ってもんさ」


アイリスは、悟りを開いたかのように平然としていた。


「それになんですか?その口調は」


まるで別人と話しているような、よそよそしさなのだ。


「アンタが顔を見せない十年の間に、変わっちまったんだよ」

「悪かったですよ」


変わりゆく景色が、怖かったのだ。

変わらない自分が、嫌だったのだ。


そして、足を止めている間に、疎遠になってしまった。


「…クロくんだって、その口調は変だ…よ」


昔のような口調で、話しかけてきたアイリスの方を振り向く。


恥ずかしそうにシワの増えた手で頬をかいていた。


「どうも調子が狂うね」

「…そうみたいだな」


微妙な空気が流れ、お互い大きな窓の外の荒野を眺める。


「ここから見える夜空が、好きなんだよ。壁に囲まれてない大地もね」

「都市にはない景色だもんな」

「こうやって過ごすと、わかるのさ。もう長くはないってね」

「…アイリス」


私の呟きには答えず、彼女は立ち上がる。

そして、床に飾られた長剣を手に取るが、


「重いねぇ。まったく情けないよ」


鞘に収まったままの長剣を両手で杖のように使い、窓の外へと歩き出した。


「ねぇ、クロくん。最後の頼みを聞いてくれないかな?」


長剣を杖代わりに使い、持つのもやっとという様子の彼女が、窓の外から語りかける。


「…嫌だ」


彼女の言おうとしてる事を察して、私は拒絶する。


「そう言わないでさ。あと一度くらいしか抜けそうもないんだよ」

「…嫌だ」

「…泣くよ。昔みたいに泣くよ?」


とても年長者の外見には相応しくない言葉を、投げかけてきた。


「ここでさ、十何年と自然を眺めてさ、やっと見えたんだよ」

「…何を?」

「世界かな…」


掴みどころのない言葉だ。

アイリスも、どう表現したら良いかわからないような表情をしている。


「それがなんで、これに繋がるんだ?」


アイリスは、命を賭けた真剣勝負を挑んできている。

とても剣を抜けそうもない弱々しい身体でだ。


「ボクは結局、剣士だったのさ。だから、試したいんだよ」


アイリスの身体から、青白いオーラが浮かび上がる。

そして、シワが消え若返る身体。


「なんだ?それは?」

「ボクが最後に見つけたものだよ。命を賭けて、クロくんにボクの剣が届くか、試したいんだ」


そして、アイリスは長剣を抜いた。


「馬鹿なやつ…」


臨戦態勢で、有無を言わす気のないアイリスに、私も両目に魔力を込める。


「ごめんね、こんな不器用な生き方しかボクできなくてさ」


そう言って、彼女は長剣を横に一閃。

青白いオーラがまとわれた長剣は、衝撃波を走らせ、彼女の家を吹き飛ばす。


「良いのかよ?大事にしてた家だろ?」


壁を突き破って、荒野へと衝撃波を避けた私は彼女に語りかける。


「帰る家は必要ないよ」


言葉通り命を賭けているのだろう。


「大馬鹿もんだ!」


私は右手に魔力を込めると、必殺の一撃で彼女の胴体を斬り裂く。


斬り裂くはずだったのだが、彼女は身体を宙に浮かし、それが見えてるかのような無駄のない動きで避けた。


見えないはずの必殺の一撃をだ。


「そんな簡単に避けれる魔法じゃないはずなんだが…」


私は、連続で魔力を込めた右手を振るう。

その全てを、彼女は的確に避けた。


「言ったよね、世界が見えたって」


そして、彼女のステータスからは考えられないあまりにも速い踏み込み。


私の反応が遅れる。

というか、まったくと言っていいくらい反応できない速さだった。


肉に鋭い何かが突き刺さる感覚。

遅れて激痛が、脳に警告を送る。


次元魔法での回避が、間に合わなかったのだ。


アイリスの剣が、私の胸を貫く。


同時に、アイリスの身体を纏っていた青白いオーラが弱々しく消えてゆく。


——ねぇ、クロくん…


——ボク強くなったかな?


——バケモノかよ…


——ボクの勝ちだね


——ああ、完敗だ


——クロくんもボクと一緒に死んでくれるかな?


——そうだよね、キミはまだ死ねないよね


——ごめんね、クロくん


——ボクは先に逝くよ


——ごめんね



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