24話 少女の秘密と思い出と
「…リリス」
目の前の黒髪の少女は、唐突に名乗る。
場所は、貴族学院の女子寮1階。
庭付きの広々とした部屋だ。
「……」
そして、流れる沈黙。
どうも彼女とは、波長が合わないらしい。
「アリスですよ」
感情の起伏を感じさせない瞳で見つめられた私は、沈黙に耐えかねて、思わず名乗る。
「なぜ、私を探していたのですか?」
「王女様といた…なぜ」
昨日の事を指しているのだろう。
「王女殿下に、雇われているのですよ」
正確には王妃様であり、教育係としてだが、それらしい仕事はした事がない。
友人というのも、仕事の都合上であり、自然と口から出た言葉は、当たり障りのないものになった。
「使用人?」
「まあ、そんな感じでしょうかね」
そして、彼女なりに言葉の意味を考えているかのような間が流れる。
「…あなた魔族?」
だが、そうと思えば、のんびりした空気からの豪速球だ。
私の瞳を覗くように、ジッと見つめていた。
「どうして、そう思うのです?」
「私が魔族だから。でも、これは内緒。二人だけの秘密。いい?」
平坦な口調で、私の聞きたかった事を口にする。
だが、彼女の耳はハーフエルフである事を示していた。
「私は…混血」
彼女の耳に視線を移した事を察したのか、少し暗い表情で呟いた。
しかし、魔族とは。
様々な人種が混沌と混じり合った移民街でも、魔族の血は見た事がなかった。
「…あなた魔族?」
そして、また平坦な口調で同じ質問が飛ぶ。
「魔力が大きければ、魔族なのですか?」
彼女が、根拠として口にした言葉を指摘する。
魔法が得意なエルフだって、魔力の大きい者もいるはずなのだ。
「大きすぎる。エルフより、ずっとずっと。見た事がない」
「鍛錬と才能の成果ですよ」
事実そうなのだ。
だが、
「それとも…守護騎士様?」
彼女は、少し期待を込めたように首を傾げた。
「守護騎士の像を見た事があるでしょう?私があれに見えますか?」
「…見えない」
「私は、少し人より才能があっただけですよ」
「…そう」
彼女はまた納得したような口調で、独特の間を作る。
「あなたは、力が暴走しない?」
「暴走?」
意味はわかるのだが、聞いた事がない現象に、今度は私が首を傾げた。
「その大きすぎる魔力、どうコントロール?」
「コントロールしている意識はありませんが?」
「私は、意識しないと暴走する」
黒髪の少女は、悲しそうに呟いた。
「…あなたと友達になりたい。いい?」
そして、また独特な間からの突拍子もない一言。
私は彼女の変わらない表情、感情の起伏がわかりにくい表情を見る。
そして、漆黒の瞳。
期待の色を浮かべたその瞳の奥からは、どこか懐かしいものを感じた。
「いいですよ」
友人がどういうものか、もうわかりませんけどねとは言わない。
——どうせ、みんな私より早く死ぬんですよ
——思い出だけを勝手に残して
「…あなた、泣いてる?」
黒髪の少女は、また平坦な口調で突拍子もない事を言った。
私は自分の目元を触る。
涙など流れてはいない。
だが、彼女は立ち上がると部屋の隅に置かれた本棚に向かい、
「私の好きな物語。読む。元気出る」
机の上に大量の本を積み重ねていく。
「泣いてはいませんが、本は好きですよ」
「一緒。仲良くなれる」
「うん?これは…」
そして、積み上げられた本から珍しい物語を見つけたのだった。
——名もなき騎士の鎮魂歌
物語というには、他の本と比べてあまりにも薄い一冊。
他の本と違い、筆者の名前はない。
——騎士物語のようですね
遠い昔の記憶。
——まずは吟遊詩人に歌ってもらわないといけないな
彼女は凛とした顔を見せていた。
「それ好き」
私が手にした一冊を、黒髪の少女が評す。
「女騎士の物語ですね」
「珍しい本なのに、読んだ事ある?」
私は苦笑いで、うなづいた。
物語は、女騎士の平凡な毎日から始まる。
主人は引退した侯爵だ。
女騎士は、侯爵の家の歩哨に毎日立っていた。
だが、長い戦役で身体を酷使した侯爵は寿命が尽きかけていた。
——少し無理をしすぎたみたいね
——でも、アリスちゃんを抱いて死ねるから、幸せよ
——それに、老いて変わり果てる前に…
——美しい姿のままアリスちゃんの記憶の中に、私は生きるの
主人を見送る女騎士。
だが、次の日もまた次の日も、何度季節が巡っても、雨の日も晴れの日も、歩哨に立ち続けた。
そしてある日、姿が見えなくなる。
そこで物語が終わる短い詩だ。
「誰も彼女の生き様を詩わないのなら…」
私は懐かしい物語を、短い物語をめくり呟く。
「また泣いているの?」
「泣いてませんよ、ただ好きな物語ですからね」
私の言葉を聞き、少女は違う本を手に取り、
「こっちは元気出る」
そう言って取り出したのは、また懐かしい物語だった。
——紅蓮のフレイラ
傭兵の武者修行や、冒険譚をまとめた人気の物語だ。
「それも読んだ事はありますよ」
「むぅ。手強い」
少女は珍しく頬を膨らませて、感情を表に出した。
漆黒の瞳が、一瞬緋色に煌めく。
「内緒ですけど、私はその物語の続きも、読んだ事があるのですよ」
「本当?」
「…ええ」
物語はフレイラが、道場を開く場面で終わっているのだ。
そして、私は思い出すように黒髪の少女に語る。




