22話 詠唱魔法の今
あれから、しばらく殿下はいくつかの魔法陣を描いては試していた。
それは、光が浮かび上がるという分かりやすいものから、何も変化が見られないものまで様々だ。
私は設置された椅子に座り、ただ眺めている。
まるで、遠くに置かれたあの的役のカカシのように。
「暇なら、魔法の練習をしても良いのよ?」
退屈さを隠す事もなく、だらけた姿勢の私に声をかける。
「魔法ですか…うーん」
私の魔法は、イメージなのだ。
練習というよりイメージできるかできないかに、かかっている。
そして、攻撃魔法は切り札の一撃必殺なのだ。
そうでなければ、つまらない遊びになる。
殿下に促されて立ち上がった私は、カカシを見る。
「無詠唱魔法で良いのよ?詠唱魔法は二流なのよね?」
棘がある言い方だ。
「…詠唱魔法」
王妃様の詠唱は、カッコ良かったなと思い出す。
こう腕を上げて、的に狙いを定め、
「我が右手に宿るは…」
王妃様のセリフを思い出すように呟く。
「え?」
ニヤニヤと見定めるかのように笑う殿下の顔色が変わる。
…いえ、セリフだけですよ?
「火龍の咆哮!」
子供がやるようなカッコいいポーズで叫ぶ。
「あなた!」
…だから、セリフだけですって。
だが、殿下の視線の先、私の掲げた右手には赤い光が集まっていた。
魔力が強制的に吸い取られる感覚が、身体を襲う。
「え?」
今度は、私が間抜けな声を上げた。
「腕を空に向けなさい!」
いつになく真剣な殿下の叫びに、反射的に右手を空へと向ける。
一筋の巨大な光が、放たれる。
王妃様が見せた光より、何倍も巨大な光だ。
その光の塊が、何もない空へと轟音を轟かせて突き抜けた。
「…なぜ?」
私は、その現象を起こした右手をマジマジと見る。
いつもの可愛らしい右手だ。
王女殿下の方を見る。
怪しんだ瞳を隠そうともせず、こちらを凝視している。
「あなた…」
いくつもの疑問が頭に浮かんでいるのか、殿下はそこで言葉を止め、
「身体はなんともないのかしら?」
「ええ、何かあるのです?」
「いえ、魔力は多いのね…」
どうやら、魔力切れを心配されたらしい。
「どこで、今の詠唱文を?」
「王妃様に見せてもらったのですよ」
「…そう、お母様のね」
だが、まだ疑念が晴れないのか、私の身体をジロジロと観察する彼女。
「出来るとは思わなかったのですよ」
私は何もイメージしていないのだ。
ただ王妃様を真似して、口ずさんだだけなのだ。
「その魔法は禁止よ、禁止。壁を突き破るところだったのよ?」
「でも、王妃様は水平に撃ってましたけど」
私は、王宮の訓練場の一幕を説明する。
「お母様…」
殿下は大きく溜息をつくと、
「あの場所は、何重も魔法障壁が貼ってあるのよ」
それでも、普通は撃たないわと、呆れたように言う。
「でも、言葉を呟くだけで撃てるなんて…」
「そこが、詠唱魔法の利点じゃない?」
何を当たり前の事を?と言うような顔をされた。
「いえ…」
私の知っている詠唱魔法とは、イメージを補う為に各自が自分で好きな言葉を選ぶのだ。
だから、言葉を紡ぐだけで発動する詠唱魔法とは、根本的な原理が違う。
…なるほど。
時代が変わっているのですね。
詠唱魔法という言葉の意味の変化を理解した私は、一人納得した。
「詠唱魔法について知るには、学院のどこに行ったら良いですか?」
「独学なら、ここの横にある図書館かしら?」
「案内してもらえます?」
私は殿下から、当たり前の答えを期待する。
だが、
「嫌よ。私には、必要のない時間だわ」
この子に友達が出来ない理由を、苛つきと共に心のノートに書き殴る。
「友達ですよね?」
「時間は有限なのよ?」
「そこをなんとか」
本気で、嫌そうに拒否する殿下。
本気で、性格が悪いのだろう。
そして、諦めたように溜息をつくと、
「帰りに寄って、私が一言伝えておくわ」
あとは好きに自分で通いなさいと、折れたのだった。