2話 移民街の日常
王都エルム 第七城壁区画 移民街
200年程前に、守護騎士物語で有名なクリスティーナ女王が構想したとされる街。
様々な種族が集まり、子孫を残したその街は移民街の名に相応しい混沌に包まれていた。
行き交う人々は、純血の種族特性を示さず、ハーフやクォーターらしい風貌を持つ者が多数を占めている。
そんな中で、黒いローブのフードを降ろした酒場の客の風貌は、周囲に溶け込んでいた。
小柄な体格の美少女である。
端正な顔立ちはエルフの血を濃く受け継いでいる事を連想させるが、人族の耳がエルフを否定している。
長く伸びた髪を鬱陶しそうにかきあげると、
「そろそろ切りますかね…」
女性にとって大事なその髪を、否定するかのように呟いた。
そして、獲物を定めるかのように群衆の中に消える集団を追った。
…
……
………
移民街の建物の中に消える男達を、私はサーチ魔法で捉えていた。
辺りの建物は、その集団のテリトリーを象徴するかのように、壁が赤く塗られている。
「マーキングのつもりですかね」
壁に描かれた乱雑な模様を眺め、芸術性の欠片もないなと、私は呟いた。
そして、男達が入った扉の前に立つ。
「さて…」
蹴破ろうかと思ったが、今日はそんな気分でもないのだ。
礼儀正しく扉を押すと、部屋の中には見張りなのか、柄の悪そうな男達が5人。
「あん?」
私の姿を見て、迷子か?と首を傾げる男達。
そんな疑問に答える必要もなく、私は部屋の中央へと歩みを進める。
「お嬢ちゃん、ここはあんたの家じゃないぜ?」
その言葉が最後となり、壁に鮮血が飛び散る。
「こちらの方が、芸術点は高くないですかね?」
だが、首や内臓を飛ばされた男達は、答える事はなかった。
「…人間は、モロすぎますよ」
すぐに死ぬのだ…。
簡単に死ぬのだ…。
憂鬱な気分になった私は、次の部屋の扉へと手をかけた。
大部屋だったようで、酒場で見かけた人物もいる。
人間、獣人、ハーフエルフ…まるで、移民街を圧縮したような構成の柄の悪いやつらが、思い思いに談笑や遊戯をして、くつろいでいる。
「なんだぁ?」
少女にしか見えない私に、彼らは警戒心を抱く事もなく不思議そうな顔で、こちらを見る。
「1…2…3…数が多いですね」
何十人いるのだろう?と思いながら、私は数えるをやめた。
だから、
彼らの影から、赤黒い塊が主人を縛るように這い出る。
「なっ!?」
「ここのボスは?」
突然の現象に、叫び声をあげる男を無視して語りかけた。
「おい!なんだ、こ…」
「会話にならないですね」
五月蝿い虫を、潰す。
床に新しい芸術の色が、粘着性を帯びて広がった。
「ボスは、どれなんです?」
そう問いかけても、どれも悲鳴をあげるばかり。
私は諦めたように溜息をつくと、
「はぁ、もういいです」
男も女も。
人間も獣人もハーフエルフも。
血の海へと、沈めた。
そして、少し軽くなった腰袋に目を移す。
「さて、金目の物を頂きますか」
なにせ、ツケが溜まっているのである。
少しお説教というか、愚痴の一つも言いたかったが、ボスを探すのが面倒になったのだ。
赤い芸術に彩られた残骸を一望する。
「…クリスの想い描いた夢は、こんな世界だったのでしょうか?」
私の疑問に、答えてくれる者はいなかった。




