185話 王家の秘術
東区3階廊下
第二王子の部屋を出た私は、王女殿下の後に続いていた。
こんな状況で、私は何の役にも立たないなと思いながら、窓の外に何気なく目を向けた。
「クリス…」
思わず足を止めた私の呟きに、クリスもその景色を目にする。
眼下の先には、王宮に押し寄せる人の群れがあったのだ。
旧貴族街の城門で押し止まっているものの、いつそれが破られるかわからない人の群れだ。
「…暴動ですかね?」
「私が出よう」
私の問いには答えず、彼女は結論を下した。
そして、駆け足で階段を降り、中心区へと繋がる廊下を走る。
その先には見慣れた人物が、けれども、珍しい人物が立っていた。
王女殿下の専属メイドであるフィーナの姿だ。
ただし、その瞳には六芒星が輝いている。
つまり、それだけの事態であるのだろう。
「クロード殿か」
「儂の出番かと思っての」
王宮に押し寄せる群衆を暗示するクロード。
「私の国民だ。手荒な事は許さぬぞ」
「それなら一つ案があるのじゃが…」
王女殿下の明確な回答に、嫌な笑みを浮かべたクロードは、
「成功するかは、クリスティーナ様次第じゃぞ」
そう告げた。
…
……
….……
王宮の外、国民街と旧貴族街の門には人々が集まっていた。
不安に駆られた群衆は、門の前に立つ衛兵と押し問答が繰り広げられている。
中には、声を荒げる者もいた。
品行方正な者が集まる国民で、これなのだ。
市民街の方は、推して知るべしであろう。
そんな中、旧貴族街の城門が内側から開かれる。
罵声が目立つようになってきた辺りは、その中から現れた人物の姿を目にして、静まり返った。
その人物とは、王族の正装に身を纏ったクリスティーナ王女殿下だ。
その横には、武勇の誉高いフレイラと、その後ろに隠れるように宮廷道化師が控えていた。
群衆も衛兵も、彼女の言葉を待つように視線を集中させる。
「皆の者、不安にさせたようだな」
先程までとは打って変わって、静寂に包まれた辺りに、クリスの声がよく響き渡る。
王族と国民の、長年に渡って築き上げた関係性を、思い起こさせる光景だ。
「先代の王達の意思を引き継ぎ、私が王家の義務を果たす」
そう言って人々を見渡すクリス。
その瞳に当てられた者達は、こうべを垂れるようにひざまづいていった。
…これが、王の器ですか。
私は、その不思議な光景に感心していた。
だが、何人かの人々はまだ立っている。
そんな者達にクリスは微笑むと、
「王家の義務とは、そなた達を守る事だ」
クリスは、右手を天に掲げる。
次の瞬間、彼女の身体から、虹色の光が垂直に放たれた。
人々は、その光の柱を目で追う。
そして、その光は王都の上空で球体のような塊になると、王都の最終城壁まで覆うように虹色の光を飛ばし、やがて王都全体を覆う虹色のドーム型の膜となった。
上空に浮かぶ虹色の球体と、ドーム型の膜。
見た事もない現象に、人々は驚きの声を漏らす。
だが、人々の驚きはそれでは終わらなかった。
ひざまづいた人々の身体から、虹色の塊が上空に飛び出し、球体へと吸い込まれていったのだ。
「安心するがよい。王家の秘術であるぞ」
不思議な光景の答えを知る王女殿下は、言葉を続ける。
「この防御結界の中には、誰も入る事ができぬ。ただ、そなた達の力が必要なのだ」
王女殿下の言葉に同調するかのように、ひざまづいた人々から、また光の塊が飛び立った。
「そなた達の祈りの力が、この結界の力となる。皆に伝えるがよい」
王女殿下の言葉と、不思議な光景を目で追うように行き来させる人々。
ドーム型の膜からは、虹色の光が欠片のように王都エルムに降り注いでいる。
やがて、集まった全ての人々は、王女殿下へとひざまづいた。