184話 王の器
東区 第二王子の部屋前
人の気配の消えたその廊下の前に、クリスが立つ。
その顔つきと腰に下げた剣は、返答次第では叩き斬るという決意を秘めていた。
私は、いつ爆破するかもしれない不発弾を前にした最悪の気分だ。
ただ黙って、彼女に付き従うしかなかった。
コンコン
「開いてるよ」
王女殿下が、扉をノックすると、中から気の抜けるような声が返ってきた。
クリスと共に部屋の中に入る。
そこには、いつもと変わらない姿の第二王子が机の前に座り、本を片手に紅茶を嗜んでいた。
「…お兄様」
「やあ、クリスティーナ」
優しく微笑みかける第二王子。
状況を考えなけれぱ、微笑ましい兄妹の風景だ。
「継承権を放棄とは、どういう事なのだ?」
その姿に毒気を抜かれたクリスは、溜息を漏らすように問いかけた。
「ははは、僕は、もともと兄上が王になったら、国民になって隠居しようと考えていたからね」
「…兄上は戦死したぞ」
「だからと言って、僕が王にというのは困るんだよね」
またのんびりとした口調で答える、第二王子。
「…お兄様も逃げるのか?」
「僕も王族だから、降伏はしないよ」
蔑みの目を向けるクリスに、笑みをこぼして彼は答えた。
「ただ、死に場所くらい自由にさせてもらいたいよね」
そう言って、ベッドの方へと目を向けた。
そんな姿に、彼をよく知るクリスは呆れたように、
「私の死に場所は、戦場だ」
いつもどおりに告げる。
「僕は、王の器じゃないんだよ。器にない者が王になるのは、不幸を生むとは思わないかい?」
紅茶に口をつけて、自虐するように口元を緩めた。
「お兄様は、誰よりも頭がよいではないか。私は、知っているぞ」
「頭が良いだけじゃ、どうしようもないんだよ」
そんな姿を否定するかのように、飛び交う言葉。
私は、ずっと蚊帳の外だ。
「君は、剣を手に入れたんだろ?」
そんな私を、第二王子はチラりと見ると、クリスに言う。
「王族の義務を果たさぬ者は、王宮から追放されても、文句は言えぬぞ」
もう何を言っても無駄だと理解したのか、クリスは宣言した。
だが、そんな宣言が第二王子の的を射たのか、彼はまた微笑んだ。
「全部終わったら、僕を追放してくれよ。楽しみに待ってる」
その言葉を聞いたクリスは、彼に背を向けた。
その瞳は決意を秘めた、いつもの王女殿下だ。
扉の外へと向かう彼女に、いつもどおりついていく私。
ただ、扉の前で彼女は立ち止まり、第二王子の方へと振り返ると、
「ああ、お兄様、宮中伯の席が全て空いておるぞ」
「僕に王の器がないせいだね」
嫌味を飛ばされたと理解した第二王子は、すまなそうに答えた。
だが、クリスの言葉は続く。
「お兄様はご存知だろうが、優秀な国民を宮中伯に取り立てる権限が、国王にはあるのだ」
「…クリスティーナ」
王女殿下…いや、新国王の言葉の意味を、即座に理解する第二王子。
「全て終わったら、馬車馬のように使ってやるぞ」
私達は、その言葉を最後に部屋の外へと出る。
「…君は、王の器だよ」
ただその呟きを部屋に残して…。