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182話 エルム王家の悪癖

「父上も兄上も…戦死したのだ」


クリスの言葉が、庭園の友人を想起させる。

なぜだろう?胸の奥がチクリと痛む。

人の死など慣れたはずなのに…。


盗賊時代は、多くの命を奪った。

傭兵の街では、顔見知りが、帰らぬ人になるのは日常であった。


なのに、なぜまだこの胸は痛むのだろう。


そんな事が、ぼんやりと浮かびながらも、


「…傷薬を取ってきますね」


右手から血が滴るクリスに声をかけて、私は部屋を出た。

そして、部屋の外には青ざめた顔の女兵士と、困った顔のアイリスの姿。


「いたんですか?」


私は、溜息を漏らす。


「どうしたらいいか、わからなくてね」


あの王女様の対処を、私に投げた節のあるアイリスが、頬をかきながら言う。


私だって、どうしたら良いか、わからないのにと思いながら、


「ポーションあります?」

「うん?」


アイリスは首を傾げながら、それなりに品質の良さそうな赤い瓶を取り出した。


「どうするの?それ?」

「王女殿下の機嫌直しに使うんですよ」


部屋の中の様子がわからないアイリスは、相変わらず首を傾げていた。


私は部屋へと戻る。

クリスはベッドへと腰掛け、相変わらずの虚な瞳で、血の滴る右手を眺めていた。


クリスの前に立ち、彼女の右手を手に取る。

驚く程、力の抜けた右手だ。


私は、アイリスから受け取った瓶を開けると、その右手に赤い雫をかけた。


どういう原理なのか、白い煙と共に傷口が復元されていく。

右手に刺さった細かい硝子は、床へと音を立てて落ちていった。


「侍従長が見たら、卒倒しますね」


私の軽口にも、殿下は暗い顔のままだ。


こういう時の対応が、わからない。

盗賊時代は、仲間とも思わず何も感じなかった。

傭兵の街では、酒飲み仲間がまた減ったなと少し寂しくなった。


だけど、ただそれだけだ。


「国王陛下とは、庭園の友人でした」


無反応のクリスが、静寂に耐えかねた私の口を開かせる。


「青い薔薇に囲まれた景色が好きで…」


故人との思い出の言葉に、クリスはこちらを見る。


「…父上の趣味だな。父上から、そなたの話は聞いていたが、そんな場所で密会していたとはな」


そして、少し瞳の色を取り戻した、彼女の言葉は続く。


「ずっと、庭師になりたいと言って、家臣を悩ませていた人だ」

「国王がですか?」


そんな私の言葉に、彼女は口元を緩める。


「我が王家には、変わり者が多いのだ。酔狂は、エルム王家の正統な証だと、父上は笑っていたがな」

「…ああ」


クリスを見て、妙に納得する自分がいた。


「私は、まともだぞ」


私の意が伝わったのか、彼女は眉をひそめた。


冒険譚を夢見て、後先考えずに突っ走る英雄願望が、まともなのでしょうか?


その言葉は、私の胸の中にしまわれる。


わずかな沈黙の後、王女殿下は、そんな私の姿を見て、


「気を使わせて、すまぬな」


そう呟いた。


「いえ、殿下の道化ですから」

「…そうであったな」


私の言葉に王女殿下は、その言葉の意味を感じとるように瞳を閉じ、軽い笑みを浮かべた。


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