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181話 日常の終わり

二週間後


私は今日も王女殿下の部屋で、いつものように寝そべりながら、本を読んでいる。


別に終戦したわけではない。

私らしい一日を過ごしているのだ。


この部屋の主人は専属メイドのフィーナと、女剣士のフレイラを連れて、今日も王都の守備兵達を激励しに行っている。


フレイラの名前は、私が想像するより遥かに有名らしく無敗の剣闘士やら、騎士団を一撃で葬り去った剣聖やらの尾ひれがついて、兵士達に歓迎されているようだった。


護衛として仲介した、私の鼻も高くなるものだ。

本当の護衛が、フィーナとは誰も想像がつかないだろうが。


そして、そんな仕事に、道化である私は必要とされていない。

むしろ、不謹慎と反感を買う確率の方が、高いだろう。


クリスもそれを理解しているのか、私を連れ出そうとはしなかった。

政治の世界は、第二王子に一任したようで、カカシの役目もない。


戦時中という事で、国民街などの娯楽施設が制限されている以外は、実に理想的な生活なのだ。


私の机に紅茶を置くメイドさんの所作が、だんだんと手荒くなっている事も、歩哨に立つ麗しき女兵士さんの視線が、だんだんとゴミを見るように蔑んだ目になっている事も、この際、許容しよう。


戦争なんて、実にくだらない。

この堕落した生活こそ、至高である。


——そう考えていたのに


いつものように扉が開く。

いつものように王女殿下が、部屋に戻ってきた。


ただ、その表情は沈んでいた。

今まで見た事がないくらい沈み、瞳が虚なのだ。


クリスの後ろから、困惑した顔のフィーナが続く。


「フィーナは、部屋で休むがよい」

「でも…」

「休むがよい」


有無を言わさず、クリスはこちらを見た。

私は危機感を感じて、だらけた姿勢を正し、立ち上がる。


そんな私を僅かに見ると、すぐに視線を外し、私を無視してベッドの方へと進む。


そして、等身大の姿鏡の前に自分が映ると…右手を振り上げた。


ガシャリとした音と、鏡に突き刺さる右手。

その尖端からは赤い雫が、滴り落ちている。


私は訳もわからず、ただそれを見て立ち尽くしていた。

かける言葉など、見当たらない。


見た事がない王女殿下の姿が、そこにあるのだ。

どんな言葉が、態度が、彼女の地雷を踏み抜くかわからない恐怖が、そこにある。


どれ程の時間が経ったのだろう。

きっと、僅かな時間しか経っていないのだろう。


血が滴る彼女を、鏡に突き立てた右手を動かさない彼女を、私は黙って見ていた。


「そなたは…何も言わないのだな」


王女殿下が呟く。

私はやはり、何も言えなかった。


また悠久とも感じる短い沈黙。


「…我が軍は負けた。父上も兄上も…戦死したのだ」


こちらを見ずに、血が滴る右手を握る王女殿下。

私はかける言葉が、見つからなかった。


戦争なんてくだらない…。


ただ、そんな言葉が、怒りと共にこみ上げていた。


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