166話 遠い日の約束 前編
王都エルム 旧貴族街
2つの鐘を合図に、私は空へと舞う。
そして、いつもどおりの着地。
ただ、いつもと違うのは、私と同じような降り方をした者がいたという点だった。
私の横で、この方が早いねーと無邪気な顔を向ける女性。
隣人のフレイラだ。
「おはようございます」
「うん!おはよう!」
あれから何度か食事に誘われるうちに、彼女は子供のような口調に変化していた。
「これから、仕事ですか?」
旧貴族街の道を歩きながら、問いかける。
彼女は剣術師範という役職につき、騎士や貴族学校に手ほどきに出ているようだった。
貴族学校と聞いて、クリスの妹を思い出した私を、フレイラは妙な顔で見ていたが…。
私の表情が、引きつっていたのだろう…。
「今日は王女様に呼ばれててね。キミと一緒だよ!」
なぜか嬉しそうに、横を歩くフレイラ。
いつものように王宮へと続く城門をくぐる。
中心区の宮殿へと続く道は、騎士団の兵舎に面している。
右手の建物からは、気合の入った声が漏れている。
訓練場だ。
「朝から元気だねー」
フレイラが、関心するような呆れるような感想を漏らす。
私はそれに愛想笑いの返事を返しながら、王女殿下の部屋へと進んだ。
…
……
………
王女殿下の一室
ノックをして入室すると、専属メイドのフィーナが、ちょうど窓拭きの仕事をしている最中であった。
奥には、いつも通り机に向かい、姿勢正しく座るクリスの姿。
それぞれにおはようと挨拶をして、私もいつもと同じようにソファーに寝そべった。
目の前の机には、読みかけの本が積まれている。
フレイラは、そんな私の姿にうわぁと、驚いた表情を浮かべながら、王女殿下の前へと立った。
「王女様、どのようなご用ですか?」
私に話しかける口調とは一転、初めて出会った時のような大人らしい口調で話しかけるフレイラ。
「…あぁ」
クリスは、アリスの方に視線を向ける。
フレイラも、その視線に釣られて彼の方を見た。
「もう話したのか?」
「…いえ」
クリスの言葉に、顔が曇るフレイラ。
「そうではないかと思い、呼んだのだ」
「良いんですよ。今のままでも、楽しいですから」
少し悲しそうな笑顔を、王女様に向ける。
「私には、理解できないな」
「…忘れられてます。思い出してもらえなかったら、もっと悲しいですから」
そんな二人の会話が、嫌でも耳に入ってくる私。
寝っ転がったソファーから、話し込む2人に視線を向ける。
…忘れられている?
…思い出してもらえない?
なぜか、自分に言われている気がした。
フレイラの姿が、遠い昔の誰かと被る気がする。
だけど、遠い昔の誰かと違いすぎる姿が、それを歪ませる。
「…ふむ。ならば、そなたの願いの一つは、叶えてやろう」
王女殿下は、フレイラにそう告げると、私の方に向かい、
「アリス、ついて来るがよい」
有無を言わさず、部屋を出るのだった。




