157話 市民街
王都エルム 第五城壁内 市民街
背の高い建物が密集した国民街と違い、市民街は発展途上の街であった。
国民街とは異質な下町のような喧騒を横目に、私達はあてもなく歩く。
昼間から軒先で、ハーフエルフと酒を酌み交わす人族の男が目に留まる。
「人族もいるのですね」
「アルマ王国から、人が流れて来るのでな。我らも変わろうとしているのだ」
そう呟くクリスは、物憂げな表情を浮かべる。
「治安が心配です?」
「誰でも、受け入れているわけではないぞ。その点は、心配しておらぬ」
心配はしていないと言いつつ、晴れない顔で人族を見つめるクリス。
「そうであるな…打つ手がなくなったら、そなたに働いてもらう事になるだろう」
「どういう意味でしょうか?」
意味深な言葉に、私は首を傾げた。
「今はよいであろう。この冒険を楽しむぞ」
何かを忘れたいような笑顔で、クリスは駆け出すと、私を手招きした。
「わかりましたよ」
市民街のど真ん中で、王女殿下の悩みを聞くわけにもいきませんしね。
今はただの国民に扮して、お忍びという名の冒険なのだ。
メインストリートの商店街を、ウィンドウショッピングのように歩き渡る。
行き交う人々を観察して、国民街と違い人族が珍しくないと判断した私は、帽子を脱いだ。
そして、焼ける肉の香りに誘われるがまま、一軒の屋台の前に辿り着く。
クリスは少し後ろの雑貨屋で、物珍しそうに何かを手に取っている。
そんな彼女を残し、私は屋台のおじさんに、
「これ、2つ下さい!」
「おう、銅貨4枚だ」
使い古した腰袋から銅貨を取り出し、串に刺さった肉と交換する。
そして、2つの肉を手に、品定めをしているクリスの方へ向かう。
「食べますよね?」
「…うん?ああ、もちろんだ」
私の手を見て、目を輝かせるクリス。
実に安上がりな王女様。
いや、これも、彼女が言う冒険なのだろう。
私達は、人の少ない壁に背を預けた。
そして、侍従長が奇声を発しそうなマナーで、肉にかぶりつく。
ワイルドに焼けた肉は、塩気と共にほどよい脂身の豚肉のような味わいを伝える。
「冒険の味がするな。あの旅を思い出させるよい味だ」
傭兵の街から王都エルムの間で、主食にしていた肉なのだ。
牛肉が当たり前の王宮では、味わえないのだろう。
「私には、自由を思い出させる味ですかね」
銅貨2枚を握り締めた、遠い昔の味。
あの時のように空を見上げる。
あの時と同じように、ただ青空が広がっていた。