156話 兵士街
王都エルム 第四城壁内 兵士街
侍従長の何度目かの叫びを、諦めの溜息に変えた頃、私達は市民街へと冒険に向かっていた。
第三城壁の国民街と、第五城壁の市民街の間には、第四城壁と共に国民で構成された兵士街がある。
第三城壁までは、それほど高い城壁ではなかったが、有事の最終防衛地点になる為か、第四城壁はビルのような巨大さで、行く手を阻んでいた。
兵士街と名はつくが、その区画の大部分を耕作地が占める。
中から抜けて来る分には、城壁まで簡単に辿り着けたのだ。
城壁を見上げる二人。
「迷子か?」
小さな背丈の私と、姉のように見えるクリスに、巡回中の兵士が声をかけてきた。
「…ん?」
なんて言えば、この先の市民街に行けるか次の言葉を探していると、兵士が不可解な声を漏らす。
そして、庶民に変装したクリスを、ジッと見つめる兵士。
「…身分証を拝見しても、宜しいでしょうか?」
何かに気づいた兵士は、クリスに向かって半信半疑の言葉を投げかけた。
クリスは少し考えた後、諦めたように、
「市民街への極秘視察である。内密に頼むぞ」
「…ッ!」
ステータス表示を確認して、兵士は一瞬顔色を変える。
「しかし、護衛もつけずにですか?」
だが、王女殿下の内密という言葉を思い返したのか、慌てる事もなく疑問を呈した。
「護衛ならいるぞ。私の騎士がな」
クリスの言葉に、兵士は辺りを見渡した。
その瞳に、私の姿は映っていない。
「騎士様はどちらに?」
「知りたければ、私に斬りかかってくるがよい」
その刃は、絶対に届くはずないと告げるようなクリスの不敵な笑みに、
「ご冗談を」
「私は、市民街に行きたいのだが」
「ご案内いたしましょう」
王女殿下が、護衛もつけず出歩くはずがないと考えた兵士は、二人を先導する。
内密に頼むぞとの要望通り、一般国民として城門を通過した。
「さすが、王女殿下の騎士様。気配を完全に消しているのか」
二人の少女を見送る兵士は、感心したように辺りを見渡していた。