155話 静かなる海
第三城壁 国民街 海岸部
入江のように侵食された砂浜を、見下ろしていた。
「海を見るのは、初めてか?」
懐かしそうに寄せては返す波を眺めていた私に、クリスが問いかけた。
「まあ、そうですね」
「我らの開祖は、この先から来たと伝えられている」
「他の島か大陸からですか」
まあ、あり得る話でしょうね。
そんな感想を漏らすと、
「たいりく?ルルが言っていたそなたの不思議な言葉か」
「そんなものですかね」
私の曖昧な返事にクリスは少し考えながら、遠くの丘を見上げた。
丘の上には、歴史を感じさせる塔が、そびえ立っている。
「あそこは、開祖が建てたと言われる場所でな。賢者の書が、保管されているのだ」
都市国家エルムでは、全ての人々が賢者の書に触れる制度がある。
主に身分証としての利用と、飛び抜けた才能を効率よく雇用する為のようだ。
アルマ王国では、賢者の書は特権階級が独占していた。
これは、王族を中心とした各地方の貴族達の封建制度の影響があるのだろう。
それに対して、都市国家エルムの貴族は領土を持たず、絶対王政に近いものとなっている。
その違いなのかと、丘の上を眺めていると、
「どうだ?」
いくつかの単語が抜け落ちた言葉を、投げかけてきた。
「どうだと言われましても?」
「ふむ、そなたからなら、何か不思議な言葉を聞けると思ったのだかな」
「私にも、わからない事はありますよ」
むしろ、わからない事ばかりなんですけどね。
残念がるクリスをよそに、知識の獲得が楽しみだった事を思い出し、また色々な本を読みたいなと考えるのであった。
「そろそろ、帰りますか?」
沈みかける夕陽が、穏やかな海を赤く染めている。
「また、私を連れ出してくれるな?」
夕陽に照らされるクリスが、子供のような顔を向けた。
「我が主が、望むがままに」
私は、芝居がかったように畏る。