154話 国民街
王都エルム
その日、王宮内の一室には、侍従長の甲高い声が響き渡っていた。
…
……
………
第三城壁の内側、国民街と呼ばれる区画を私は歩いていた。
いつもと違い目立たない庶民らしい服装で、その特徴的な耳を、深く被った帽子で隠すようにだ。
私の横には、同じように庶民らしい服装のクリス。
「私を、誘拐するがよい」
いつものように登城した王女殿下の一室で、いつもと違う仕事を要求された結果だ。
そなたなら、厳重な警備の王宮から拐う事など簡単であろう?と、妙な信頼を寄せられる。
どこからか用意した、変装用の一式がベッドの下から姿を現した。
そして、私は王女殿下を抱えて、空を舞う。
子供のように、はしゃぐ王女殿下。
こうして国民街を、冒険する事になっているのだ。
「国民街に来るのは、初めてですか?」
雑貨屋や何の店かわからない商店を、楽しそうに巡るクリスに声をかける。
その姿は、田舎から出てきた娘のようだった。
もっとも、私も同じようにキョロキョロとしているから、周囲からみれば不審な二人に映っているかもしれない。
「馬鹿にするでない。視察で来た事はあるぞ」
「まあ、そうですよね」
「ただ、王宮を抜け出して来るのは、幼少期ぶりだ」
アクセサリーを扱う露天商の店先で、商品を手に取りながら、クリスは楽しそうに言う。
いかにも安物そうなネックレスを手に取り、珍しい物を見るかのようなクリス。
安物の葡萄酒を、嬉しそうに嗜んでいた姿を思い出し、本物がありふれた彼女の価値観には、逆に偽物の方が新鮮な事を思い返す。
「お嬢さん、良い物に目をつけましたな」
露天商の男が、安物のネックレスを手に取るクリスに、声をかけてきた。
「これか?」
「ええ、こいつは年月をかけると味が出る、職人の仕事がしてある品物なんですよ」
安っぽい鉄の鎖と、その先端につけられた透明なガラスのような一粒。
「子供のおもちゃのようですね」
「いや、こいつは身につけると、その人の魔力に馴染んで色が変わるネックレスでしてねぇ」
私の感想に、如何にもな売り文句をつける露天商。
「それは面白いな。買おう」
人を疑わないのか、即決するクリス。
そして、そのネックレスは私の首にかけられた。
「クリス、これは?」
「そなたの魔力なら、すぐ色が変わりそうであろう?」
「偽物だと、思いますけどね…」
私は、溜息を漏らすように伝える。
「そなたは、私の国民の言葉を、信じられぬのか?」
「…その言葉は、ずるいですね」
首を傾げる王女殿下に、私は何も言えなかった。




