150話 王女と道化
王都エルム
6重の城壁に囲まれた、ハーフエルフの都市国家。
城壁の中心には、歴史を感じる王城がそびえ立ち、その城壁の外は、旧貴族街と呼ばれていた。
旧貴族街の城壁を越えれば、国民街である。
そんな国民街を、四階建ての宿舎の窓から見下ろす少女がいる。
長い黒髪と黒目。
美少女と形容するに相応しい、整った顔立ちは、ハーフエルフの国らしさを思わせるが、耳が異端を示していた。
同様に少女の着るメイド服も、異様である。
白と黒の菱形模様、ハーリキンチェックでデザインされているのだ。
まるで道化師のお人形のような少女は、最上階の窓から、物憂げな表情で見下ろしている。
「…はぁ」
窓から見える景色に気を紛らわしながら、私は制服の袖を見て、溜息を漏らす。
クリスが用意した、特注のメイド服だ。
王女殿下の発注だけあって、そのデザインは素晴らしかった。
ただ菱形模様の生地が、全てを台無しにしている。
…一目で道化師と、わかるであろう?
その言葉どおり、すれ違う者全てが、こちらを二度見するのだ。
「この格好にも、慣れるんでしょうかねぇ?」
誰もいない部屋に、語りかける。
話し相手の壁は、すぐに沈黙という答えを返してきた。
なにせ、狭いのだ。
六畳一間…それが、宮廷道化師に与えられた部屋である。
給金は、月に銀貨10枚。
宿舎の為、家賃は無料とはいえ…
…それに他の街に行っても、今より給料の良い職場なんてないわよ…
だから、言ったでしょー?と、ここにいない誰かに頬をツンツンされた気がした。
「いえ、給料は下がったとは言え、街の規模が違いすぎます。ここの方が、ずっと楽しいはずです」
国民街を眺めながら、私はここにいない誰かに答える。
…
……
………
数日前
「銀貨10枚ですか…」
「ああ、規定の給金であるぞ」
まともに給料をもらったのが、傭兵ギルドの受付嬢の仕事だった為、基準がわからないと考えていると、
「…足りぬのか?」
そなたは、無欲であると思っていたのだがと、言いたそうなクリス。
「物価がわかりませんが、足りるのでしょう?」
「侍従もメイドも、その給金で問題なく暮らしているぞ」
「なら、問題ないでしょう」
盗賊の仕事で稼いだ貯金、まだ残っていたかな?
そんな事を考えながら、一つの疑問が浮かんだ。
「騎士の給金は、いくらなのです?」
「規定はないな。主人が、その者に見合う給金を決めるのだ」
もちろん、騎士が不満を漏らせば、最悪袂を分かつという例も、過去にはあったらしい。
そんな私のただの興味が、誤解を与えたのか、
「なるほど。騎士の給金分も、欲しいという事であるか?」
クリスは、私を試すように微笑みを浮かべると、
「申してみるがよい。金貨1枚か?10枚か?100枚か?」
その瞳は、若干の蔑みを含ませる。
そんな彼女に、私も微笑みを浮かべ、
「報酬が目当ての者は、雨が降れば、あなたを嵐の中に置き去りにするでしょう。賢い者も、沈む船にあなたを残すでしょう」
クリスは眉をピクリと動かすが、次の言葉を待つように、ただ黙っている。
「残るのは、二君を抱けない馬鹿な騎士と、その騎士に憧れる馬鹿な道化くらいです」
そして、私は、
「馬鹿は金貨では釣れませんよ、王女殿下。馬鹿は現実を見ず、夢を見るのです」
クリスは、私の言葉を静かに噛み締め、
「…道化らしい面白い話であったぞ」
そう私に、微笑みかけた。




