109話 外伝 智将カレン
ああ、終わったな…。
右手に残る感触と、赤く滴る血を見て、思う。
目の前には、鼻血を垂らしながら、仰向けになり意識を失っている第七王子。
場所は、人気のない中庭。
…
……
………
少し前
浴びるように酒を飲んだ第七王子に、夜風に当たりたいと言われ、私達は中庭に出ていた。
「飲み過ぎでは、ないのか?」
嗜む程度にしか飲んでいない私と比べ、彼の足取りは、怪しい軌道を描いている。
「吾輩はこの程度では、飲んだうちに入らないのである」
「そうであるか」
酒の力もあるが、立食の中、第七王子との距離感も掴めていた。
もっとも、戦話を聞いても第七王子は何も答えられず、すぐさまカレン殿が説明していたのだがな。
「綺麗な街並みだろう?」
中庭から見下ろす夜景に、第七王子は問いかける。
「そうであるな」
我が国も、この街並みに劣る事はないと思いつつ、相槌を打つ。
私は、故郷に帰れるのだろうか?
いや、ここで援軍を率いて、帰らねばなるまい。
街並みを見下ろす私の横顔を見て、
「吾輩は、ここより大きい都市国家を、治めているぞ」
先程、カレン殿から聞いた話しを、思い出す。
愚鈍として知れ渡っていた第七王子が、表舞台に立つ、切っ掛けとなった戦だ。
わずか数百の手勢で、隣国の都市国家キヌスを落すから、その所有権が欲しいと要求したらしい。
王宮内の誰もが、嘲笑った。
王宮内の一部は、これで王家の恥を始末できると、喜んで賛成した。
結果は、智将カレン過ぎたる懐刀という名が、示す通りだ。
あの者の協力が、得られればと考えていると、
「カレンから、王女殿下は援軍を欲していると聞いている。吾輩のものとなれば、助けてやろう」
ふらついた足取りで、距離を詰める第七王子。
「今宵は、ベッドの中で可愛がってやろう。援軍が、欲しいのだろう?」
そして、私の肩に手をかけ、
「痴れ者が!」
…
……
………
「終わったな…」
そう私が呟いた時、
「ふふふ、なかなか面白かったですよ」
カレン殿が中庭の木の影から、姿を現した。
…謀られたのか?
私の疑問を他所に、彼女は無警戒でこちらに歩み寄ると、倒れている第七王子の前で屈む。
「綺麗に顔面に入りましたわね」
「私に罪を着せ、捕らえた後に王子殿下に差し出すつもりか?」
他国の王子に傷害を負わせ、非は完全にこちらにあるのだ。
私を、正攻法では攻略できないと考えた、策士らしいやり方であろう。
「その目、何を考えているかわかりますよ」
だが、彼女は立ち上がり、懐かしそうに遠くを見つめた。




