104話 フィーナと受付嬢
見慣れた窓から、一日の始まりを告げる優しい光が溢れる。
まだ薄暗い部屋の中、奉公人の習慣を思い出した身体は、目覚めていた。
文明の香る枕を、抱きしめる。
名残惜しいのだ。
この怠惰な幸せを手放し、職場という名の戦場へと向かわなければならないのが。
そして、薄暗い中抱きしめたものは、柔らかな人肌と、ミルクのような甘い香りを返してきた。
「人肌?」
想像していたものとは違う違和感に、目を凝らす。
…フィーナだ。
昨日、夜遅くまでルルとフィーナと談笑したまま、私は眠ってしまったらしい。
「う、ん?…お兄ちゃん、おはよう」
私に抱きしめられて、目が覚めたようで、フィーナは呑気に朝の挨拶を告げる。
ちなみにご主人様ではないと、言い聞かせた結果のお兄ちゃんなのだ。
それを聞いたルルは、軽蔑のこもった目をしばらく向けていた。
マキナは、人族とは変わっているのだなと漏らしていた。
そんな事を思い出しながら、強く抱きしめた銀髪の美少女と見つめ合う。
「お兄ちゃん?あ、くーちゃん、おは…」
そう言葉を続けている刹那、フィーナの瞳に六芒星の光が灯った。
同時に私の身体を、何かに弾き飛ばされる懐かしい感覚が襲う。
「くーちゃん、おはよう」
オークのように闇に縛られ、壁に貼り付けにされながら、私はクロードに朝の挨拶をした。
「最後の言葉は、それでよいのだな?」
銀髪の美少女が、私を睨みつける。
「弁解の余地は、多分にあると思いますよ」
「儂もそう考えておるから、その程度でまずは済ませておるのじゃがの」
闇が、私の身体を締め付ける。
オークなら、吹き飛んでいる威力じゃないのかな…。
「お久しぶりですね。森の中以来ですか?」
「そうじゃの」
「これ以上やって建物を傷つけると、職場と文明的な暮らしから遠ざかると、忠告しますよ」
私の言葉を聞き、銀髪の美少女は少し考えると魔法を消した。
「この街は好かぬが、森よりはマシかの」
そして、消えた。
文字通り、姿形なく消えたのだ。
フィーナの部屋から、人の気配を感じる。
「転移魔法?相変わらず、規格外ですね」
回復魔法を覚えるコツを、早く考え出してもらいたいものだと思いながら、制服へと袖を通したのだった。