22.御主人様の恋愛相談【ラース視点】
あまり難しいことを考えずにのんびりと生きていくことにした聖竜ラースには、主の婚約者がかかえる微妙な問題はよくわからない。
けれど、主エリザベスが心乱れているのは魔力の具合から察していた。
リカルドとかいう濃い紅髪の男は連日のようにエリザベスとヴィンセント(ついでにハロルド)を伴い、城下町へとでかけていく。
ラースはバスケットにいれられて揺られているだけでよい。たまにおいしそうな匂いがしたと思ったら、バスケットの蓋が薄くあいて肉の切れ端とかお菓子のかけらがさしいれられることがある。ずっと外にでられずにつまらないだろうというエリザベスの配慮だろう。は~~~~天使。
ラースとしては、とりたてて不満はない。どうせエリザベスがアカデミアに行っているあいだは屋敷でおとなしくしていなければならないので、窓際でひなたぼっこをしながらまどろむくらいのものだ。その場所がバスケットになっただけ。
おまけに外側では、普段とは違った身なりをしたエリザベスがやっぱりかわいいし、紅髪の男にあれこれと要求をつきつけられたヴィンセントが窮している気配がするし。紅髪の男は、あれがしたいこれがしたいとヴィンセントをひっぱりまわしては、「わかるか?」と妙なトリビアを求める。本気で知りたいのではなくヴィンセントを困らせようとしての行動であることは明白だった。
ラースはわりと楽しんでいた。
「……ヴィンセント殿下は、とてもお困りなのではないかしら」
守護対象であるエリザベスのため息に、ラースは顔をあげた。
時は就寝前。夢うつつにまどろむエリザベスがやさしげにおしゃべりをしてくれる、一日で一番好きな時間だ。まぁ、話題のほとんどはヴィンセントのことなのだが。
直前の質問を反芻し、ラースはうなずいた。きっと困っている。
王宮に戻った際に見てみれば、ヴィンセントの体内魔力はぐっちゃぐちゃである。
自分のものではない魔力を三種類もかかえこんだうえに、強烈なストレスを浴びせられているのだからさもありなん。
「どうにかしてお役に立てればと思っているのだけれど……日に日に、殿下のお顔が曇っていらっしゃるようで」
愁眉のエリザベスはシーツに投げだした手を握りしめた。
ラースは首をかしげる。ヴィンセントが元気をなくしていくことを、どうしてエリザベスが気にする必要があるのだろう……と。そのあたり、人間時代も、邪竜と融合してからも、他人の気持ちなどとんとわからぬのを聖竜になってからもひきずっている。
エリザベスは遠くを見るような目つきになった。ヴィンセントとすごした日々を思い起こしているらしい。
「もしかして、ヴィンセント殿下は……わたくしのためにずっと、素敵な王太子様を演じていらっしゃったのではないかしら」
「きゅあぁ」
ビンゴである。
うっすらとした人間時代の記憶をさぐれば、幼いころのヴィンセントはもっと生意気で単純で我儘だった。
やつはやつなりに努力したのだ。認めたくないが。
しかしなぜいまその話?
ラースの首が九十度にかしぐ。エリザベスは視線をふせてふたたびため息をついた。
「困っていらっしゃるのにわたくしを頼ってくださらないのは、ヴィンセント殿下にとってわたくしが頼りない存在だから?」
「きゅ……?」
乙女心を解さぬ聖竜には、エリザベスの問いは理解に時間のかかるものだった。
たしかにヴィンセントは完璧な王太子を演じていた。
でもそれは、エリザベスのために、というより、エリザベスの前でええかっこするために、である。
いまの口ぶりからして、エリザベスはヴィンセントから頼られたいのだ。
そういえば、自分がエリザベスの守護竜となったときも、ヴィンセント殿下のためにがんばりましょうね、とか言われてがっくりした気がする。
ラースはじっとエリザベスの目を見た。
アメジスト色の瞳が、宝石のようにキラキラと光っている。
そうか、とようやく思い至る。
ヴィンセントとエリザベスが結ばれた理由。自分とエリザベスが結ばれなかった理由。
ヴィンセントとエリザベスは、互いに互いのふさわしい相手となるべく、己を磨いていたのだ。
オレは――と、意識の奥底で、肉体の礎となったラースが独白するのを、聖竜の意識はさえぎることなく聞いてやった。
(オレは、生まれたときから、自分が一番上だ一番偉いのだと教えられてきた。それなのにエリザベスは手にはいらなかった。オレは最高の人間ではなかったんだよ。だからエリザベスをその地位からひきずりおろしたかったんだ)
「……ラース様? どうされたのですか? ご気分が……?」
エリザベスの不安げな声がふってくる。反応をかえさないラースに異変を感じとったらしい。
こんなにやさしく名前を呼ばれて、なにが不満なんだろうな、と元邪竜である聖竜は思ったりもした。人間の心は複雑だ。
「きゅおっ」
エリザベスに心配されて我にかえったのか、ラースは首をもたげた。
「きゅおっ、きゅおおっ、きゅおっ!」
立ちあがり、翼を広げて室内を旋回すると、エリザべスの眼前でファイティングポーズをとった。小さな手足がきゅっと丸まっているのを見てエリザベスも破顔する。
「励ましてくださるのですね! そうですね、わたくしもヴィンセント殿下のために、がんばります!」
しずんでいた表情が明るくなり、頬には赤みがさした。
恋愛相談。これだけはヴィンセントにはできない役目であっただろう。
「ありがとうございます、ラース様」
エリザベスのあたたかな手が額を撫でて、ラースは目を細めた。
ただ、問題は一つ。
今回の場合、エリザベスががんばればがんばるほど――つまりヴィンセントを支えようとすればするほど、逆効果になる気がする。
男なんてみんな好きな相手の前ではこじらせてるものだ。素直にはなれないのじゃなかろうか。
なんとなく人間の心を理解しかけた聖竜ラースは、心の中で小さく呟いた。
そして案の定、ヴィンセントは倒れたらしい。
ある朝エリザベスとともに王宮を訪れると、竜族から見てもものすごく鋭くて冷たい目をした例の従者が、少しばかり疲れた表情を見せながら、そう告げた。






