21.王太子への試練その二(王都見物・後編)
店ではすでにリカルド殿が用心棒という設定を忘れて目を血走らせながら大量のグッズを買いつけまくっていた。まぁここの店員は母上の実家から派遣されている人々なので少しくらいはいいんですけど……いや、いいのかな。
母上狂信者には聖地巡礼のようなものなのかもしれない。
「あぁもう店ごと買いとりたい……! なっ、なんだと、マシュー・マロウ伯爵のトピアリーカット受付……!? ぐあ、国内限定か……」
「リカ殿、カタログだけをいただいて、また明日くるということにしてもよろしいのでは」
頭をかかえるリカルド殿にハロルドが真顔で提案している。
「そうか……俺には明日もある……!! こんな状況の中で、なんて冷静で明晰な頭脳の持ち主なんだ、君は」
「恐縮です」
オレとエリザベスは新作のコーナーを見てまわった。以前はハンカチや置物などいかにも土産物といった商品が多かったのが、モノクルに眼鏡に……ワンポイントのアクセサリーはまだわかるとして、全身に柄のはいったシャツやベッドカバーなど、特定層を狙い撃ちしているとしか思えない商品が増えていた。
特定層筆頭が眼鏡を手にふるえながら「これがあれば二十四時間マリアベルの気配を感じていられる……!!」と呟いている。リカルド殿、無機物ですよそれは……?
「ヴィンス、これはどうでしょう? 明日のおでかけのときに……」
オレの引き気味の心の声は、エリザベスの小さな呼びかけによって破られた。
視線の先には、シャツ。だが、全身柄のほうではない。袖と裾にだけ小さく柄がいれられたデザインだ。逆立ちをしたウサギのマスコットは強烈なのに、全身ではないというだけでかなりひかえめに見えてくる。
しかし、オレが、これを……?
と困惑していたら、エリザベスがふいと視線を逸らした。頬が赤く染まっている。
「い、嫌ならいいのです、これなら家でも着られるかもと思っただけで……」
えっエリザベスも着るの???
もしかして、ペアルックのお誘いだった……???
「嫌ではありません! 買いましょう」
一応周囲にはばかりつつ小声で、しかし語気を強めてオレは言いきった。
母親デザインのマスコットでペアルックは若干の抵抗があるものの、エリザベスからのお誘いとあれば風の前の塵に同じ。
エリザベスは明るい顔になり、オレの手をぎゅっと握った。普通に欲しかったらしい。
「それから、結婚式にはリーシャ様もいらっしゃるのです。前回はお見せできませんでしたから、リーシャ様にも……マリウス様とおそろいで、このペンダントなどいかがでしょう」
エリザベスが示すのはウサギの耳を象ったペアのペンダント。少々かわいいがすぎる気がするが、マリウス殿なら……まてよ、レオハルト大丈夫かな?
まぁいいか。あいつもそろそろ兄離れできているころだろう。
「そうですね、お似合いだと思います」
店員を呼んで支払いを告げるとさすがに素性がバレたのかぎょっとした顔をされたが、なにも言われなかった。お忍びでの訪問だということを理解したのだろう。オレとエリザベスは以前もきているし、リカルド殿もプラムも言っていたが、オレ、母上似だしな。
リカルド殿はカタログをもらってほくほくしている。客向けのだけでなく業務用のものまであるようで、軽く十冊以上。
「今夜は徹夜だな……」
めちゃくちゃ嬉しそうだ。
***
王宮で元の衣装に戻り、エリザベスをラ・モンリーヴル公爵邸へと送り届けて、長かった一日は終わった。
「楽しかったなー! じゃ、また明日!」
と、子どものような挨拶をしてエリザベスを見送るリカルド殿に一日の疲れがどっと押しよせる。
いや、オレはなにもしていないに等しい。ハロルドが手配して、エリザベスがリカルド殿からの無茶ぶりをのりきってくれた。
いっしょに街を歩き、屋台でクレープ包み肉をつまみ、母上の店でペアシャツを買った……それだけだ。
「ハロルド、王都のガイドブックを図書室からもってきてくれ」
オレの指示にハロルドは片眉をつりあげた。
「休まれたほうがよろしいのでは?」
「なんとなく負けた気がするから嫌だ」
「顔色が悪いですが……」
「睡眠はちゃんととる」
ムッとした顔で言いかえすと、ハロルドはあきらめたのか扉へとむかった。
「一冊だけですよ」
と言いそえつつ。
我儘であることはわかっているが、その我儘は意地でもある。
エリザベスが答えを教えてくれるからそれに甘えていよう、なんて情けないじゃないか。たとえエリザベスがそれを許してくれてもオレはオレが許せない。
明日こそリカルド殿の質問に自力で答えてみせる。
そのために、せめて自分にできることだけでも試しておきたいのだ。






