20.王太子への試練その二(王都見物・中編)
生地にくるまれた肉を食べつつ、またしばらく大通りを歩く。
リカルド殿は腰のロープを外してもらったものの、ハロルドにお説教をくらっていた。
「大丈夫だって、免責条項が……」
「それだけですべてが許されるなら苦労はしません。ご自分の立場を自覚してください」
「マリアベルみたいなこと言うな、お前」
嬉しそうだな、リカちゃん。一方のハロルドは隣国の王族相手にその顔は大丈夫なのか。
「形式にとらわれすぎず、体当たりで民を信じる、そういうことも必要じゃねーか? こだわりすぎた結果うちの国は半分に割れかけたからな」
「という建前でふらついてるだけですよね? 国でも『放蕩王』と呼ばれていらっしゃるそうで」
「お前本当にいい男になったなー!! 俺の側近に欲しいくらいだ」
冷ややかな視線をものともせず……というか、そういうのが好きなんだな、とわかるやにさがった顔で、リカルド殿はハロルドの頭を撫でている。
え、なんかこの二人、仲よくない……?
ハロルド、とられちゃうの?
想定外の展開に呆然としていると、突如リカルド殿がオレをふりむいた。
口元にはにんまりとした笑み。
まだ手の中の厚切り肉を指さしながら、
「さて、ここで問題だ。あの店は何年前から営業していると思う?」
リカルド殿はそう言った。
「あの店……?」
オレは手元の生地と肉に視線を落とした。
ラッピング紙に店の名前が書いてある。『Mother Polka’sMEAT MEET』。
しかし、営業年数?
著名な建造物などは頭にいれておいたが、あれは屋台付きの食堂でノーチェック。そのうえ営業年数など。
「そんなもの……」
わかるわけがない、と言いかけて、オレは口をつぐんだ。
エリザベスとつないでいる手。
その手の甲を、まるで絹織物のようなやわらかな感触がくすぐるようにすべっていく――そう、白磁のごときエリザベスの指先である。
「……!?」
な、突然、こんなところで、そんな!?
驚愕のあまり思わずエリザベスを見てしまうオレ。しかしエリザベスは顔をうつむけ、まだ肉にかじりついている。まるでこちらの会話など聞いていませんというように。
そうだ、エリザベスがなにも考えずにこんなうれしい……じゃなくて、はしたないともとられかねない真似をするわけがない。
意識を集中させてエリザベスの指の動きを追えば、それは同じ場所をめぐっている。
……『9』と……『7』……?
あ、これ。
「九十七年……ですかね」
あの店、そんなに長くつづいているのか。
「ちなみにいまの宮殿が建ったのは?」
エリザベスがまた答えを書いてくれる。
「二十一年前です」
「正解。つまり王都のシンボルと言われる宮殿よりも、建物自体はずっと古いのさ」
にこりとほほえみつつ言えば、リカルド殿がぱちんと指を鳴らす。
表面上このくらい当然ですよという顔をしながら、オレは内心でビビりまくっていた。
エリザベス、なんで知ってるの?
「王都で最初に『食べ歩き』文化を流行させたと言われているお店ですものね。秘伝のタレは創業当時から継ぎたされているとか……お店は王都が整備される以前に建ったもので、古き外観を残しております」
なるほど、王都民にとっては有名な場所なのか。
エリザベスがしてくれた解説を、さも知っているような顔をしつつ、感心しながら聞いた。たぶんオレの記憶にもその知識はあったのだろう。
……王妃教育って、そんなことまでするんだな。
エリザベスの言葉に、リカルド殿もまたにやりと笑った。
「よくわかっているが、知識だけじゃ足りねーぞ? 臣民の心のよりどころ、見ている景色、味わっている食事、そういったものを実際に体験するのも上に立つ者のつとめだと、俺は思うね」
「たしかに、わたくしも食べたのははじめてでした」
エリザベスは心底から感心して聞いている。ハロルドは半信半疑の視線をむけているが、半分は信じているということだ。オレもそう思う。
リカルド殿にはリカルド殿なりの、国王としての矜持があるのだ。
ふと、とある疑問がよぎった。
ならば、オレの国王としての矜持はなんだろう?
エリザベスを幸せにすることがオレの目標なんだけど……。
ぼうっとしていたら、背後から「あっ!!」という叫びが聞こえた。リカルド殿だ。
ふりむけば、刈りそろえられた顎ヒゲに手をあて、ぷるぷるとふるえている。驚きに輝く視線の先には、――月桂冠の中で踊る羽の生えたウサギ。母上の実家の紋章である。
大通りをのぼり、母上デザインの謎マスコットたちが売りだされている雑貨店の前までやってきたのだ。
「ここ! ここがいい! はいろう! お願い!!」
リカルド殿はハロルドの服の袖をつかむと必死になって雑貨屋の扉を指さす。大国の王が五歳児みたいになってしまった……。
「しかし、リカルド殿がこれほど王都に詳しいのであれば、この店にもきていたのでは?」
「マリアベルの関連施設にはすべて防御魔法がかかっていてなぁ、はいれなかったんだ。あぁ、今日は扉が見える……」
濃紅の瞳が感動にうるむ。
だから驚いていたのか……なんだかリカルド殿が不憫になってきた。アタックしてもアタックしても報われない男に対するオレの共感と同情心は根深いものがある。
ハロルドが指示をあおぐためにオレを見た。
手をあわせて拝みはじめるリカルド殿が、その恵まれた体躯に似合わず捨てられた仔犬のように見えてきて、オレは手をさしだした。
「……はいりましょうか」
やや質素な身なりだが、母上の店は平民にもひらかれている。はいって悪いことはない。店員たちに素性が割れても安全だろう。
オレの言葉にリカルド殿はパッと顔を輝かせた。
「いいのか? ありがとう!」
そして、言うなり、さしだした手はさくっと無視してリカルド殿はスキップをしながら店にはいっていった。
「……」
なにが起こったのかわからずに空っぽの手を見つめていると、もう一つの手がさしだされる。オレのより小さくて、かわいらしくて、優雅な手。
顔をあげるとエリザベスがほほえんでいた。
「わたくしもいきたいです、ヴィンス」
「ではまいりましょう、お嬢様」
オレはうやうやしくその手をとった。なんだか変な感じがして、くすぐったくて笑ってしまう。
せっかく恋人になったのだし、なにかおそろいのモチーフの小物でも買いたいな、などと考えながら、オレはエリザベスをエスコートして店に足を踏みいれた。






