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19.王太子への試練その二(王都見物・前編)

 温暖かつ湿気の少ない王都は、一年を通してすごしやすい気候といえるが、今年は例年よりも少々残暑がきびしい。

 街ゆく人々は開放感のある姿で熱気を逃がしている。

 

 ゆっくりと王都を歩きまわるのはエリザベスとのお忍びデート以来。あのときは、初春であったし、お忍びとはいえ王族であることがわからなければよかった。

 ところが今回は、リカルド殿の要望で『下級貴族とその親族』という設定になっている。遠まきにされるのではなく平民に溶けこめるように、とのおおせである。注文が多い。

 

 変装にはアバカロフ家秘伝の技術が様々に使われた。オレは髪色を暗くされ、寝癖を整えることを禁じられ、麻のシャツを着せられたうえでエリザベスと手をつないでおくようにと指示された。これでだいたいオーラが消えるらしい。

 エリザベスは目の色を隠すぶあつい眼鏡に髪の色を隠すモスリン帽、色無地のドレス。それでも立ちふるまいがかわいらしく優雅すぎるため、エリザベスを貴族の御令嬢役に。そのほかの男どもが護衛というわけだ。まぁなにも間違っていないな。

 

 オレたちの中でもっとも地位が高いはずのリカルド殿はなぜか装飾品をとりはずすだけで『お嬢様を護衛しているチンピラ』になってしまった。よく見なくても顔が怖いんだよな、リカちゃん……。

 王宮で変装準備中、

 

「眉毛をつなげると大体の威厳は失われます」

 

 とものすごく真剣な声でハロルドが熱弁していたのはどう考えてもリカルド殿の無茶ぶりにキレていたのだ。リカルド殿はわりと真剣にハロルドの提案を検討していたがオレがやめさせた。免責条項も万能ではないので眉毛をつなげて威厳を消散させてもいいとは書いていないし……。

 

 お嬢様に丁稚二人、用心棒。よくよく見ると奇妙なとりあわせだがその奇妙さがまさか「本物の王族だから」とは誰も気づかないだろう、とハロルドは言う。本当か……?

 万が一なにかあってもハロルドとラースがいればオレとエリザベスの安全は守られるが。

 今日もラースはハロルドのかかえるバスケットの中である。合図をすると「ニャ~ン」と鳴いてくれる手筈になっている。

 

「大丈夫だって。ニーヴェに比べたらウルハラは平和そのものだぜ」

 

 そう太鼓判を押すと、リカルド殿は率先して人ごみの中へわけいっていく。

 ――と思ったら、腰のベルトにつながったロープがぴんと張って「うおっ」と声をあげている。ロープの先はハロルドの腕にしっかりと巻きついている。

 

「リカ殿、()()()()()()を忘れては困ります」

「おぉ、そうだったな……すまんすまん」

 

 目を丸くするオレとエリザベスの前で、リカルド殿は怒ることもなく頭を掻きながら戻ってきた。

 

「……お前、よく、それ……」

「昨夜、王妃様と打ち合わせを行いました。このくらいの扱いは問題ないと」

 

 そうか、今日の王都散策の護衛主任はアバカロフ家なのか。

 よく見るとハロルドの目の下にはうっすらとクマができている。オレも王都の諸情報を軽くあたっていたので寝不足だが……ハロルドに負担をかけないように気をつけよう。

 

「リカ殿がお強いことは存じておりますが、さすがに放置はできませんので、単独行動はおひかえください。お嬢様の護衛という任務をお忘れなきよう」

「わかった」

 

 リカルド殿は殊勝にうなずいた。たしかに勝手に行動をされては、周囲の護衛も二手にわけざるをえなくなる。いくら免責条項があるとしてもだ。

 しかしハロルド、ニーヴェ国王を相手になんと堂々とした物言いを……と感心していたが、よくよく見ると目の下のクマにくわえて瞳からもハイライトが消えていた。あ、これもしかして寝不足とストレスでプッツン切れてる状態なのか?

 

 バスケットをかかえたハロルド、エスコート風にエリザベスの手をとるオレ、三人の背後にリカルド殿。

 そんな陣形を組みつつ、大通りを歩く。

 ちなみに王宮から王都の外側へむかうと下級貴族設定がくずれるので、貴族屋敷の多い区画から王宮へむかって進むルートだ。人の流れにのりやすいので護衛もしやすいらしい。

 

 自然の中に屋敷が配置されたのどかな風景から、王宮へ近づくにつれて大規模な商家や土産物屋が増えていくが、いまはまだ市場通りといったようなところ。店先に積みあげられた野菜や果物、吊りさげられた肉――大衆食堂からは香ばしい匂いが立ちのぼり、屋台もある。雑多な雰囲気だ。

 

「くーっ! やっぱこれだよな! ほらこっちこっち!」

 

 ハロルドに釘を刺されたために勝手にどこかへ行ってしまうようなことはないものの、やはりテンションのあがりまくったリカルド殿が屋台の前から手招きをする。

 やはり国王として、国元ではよほど制限された生活を送っているのだろうか……と思いきや。

 

 屋台で肉を焼いていたご婦人が、ふと顔をあげた。

 リカルド殿を見るなり、満面の笑みが浮かぶ。

 

「あらぁリカちゃんじゃない! いよいよ立派になって~」

 

 ついで放たれた言葉に、オレたちはぽかんと口をあけた。

 

「おばちゃんも立派になったなー!」

「やだねーあいかわらず口が減らないんだから!」

 

 カウンターのむこうからリカルド殿のたくましい腕をバシバシと叩くご婦人。三角巾のまぶしい白さに呼応するほがらかな笑顔からは、悪意も他意もなにもないことが感じとれるが――。

 

「いまこのお嬢さんちで雇ってもらってんだ」

「やっと定職に就けたのねぇ、うちの旦那もたまに思いだしては心配してたんだよ」

 

 リカちゃん、王宮うちに遊びにきてはよく行方がわからなくなってたけど。

 こんなところで知名度をあげていたのか。

 

 オレは自分の推測が誤っていたことを知った。

 この男に制限などかけられる人間はいない。母上が物理的に魔法防御をはっていたのはそのせいだ。国元でストレスをためているのはリカルド殿ではなく周囲の側近たちであろう。

 

「ここの肉が食いたくてなー。一枚くれ」

「いいよ、就職祝いだ、もっていきな。そっちのお嬢さん方も、もしよければ贔屓にしておくれよ。アタシはアメリアっていうんだ。この食堂のおかみだよ」

 

 ポケットをさぐろうとするリカルド殿を押しとどめ、ご婦人――アメリアさんは焼いていた肉をつまみあげるとクレープのような生地でくるりと巻いた。ぶあつい肉から食欲をくすぐる甘辛いタレの匂いがただよってくる。

 

「ありがとうございます」

 

 ハロルドが受けとり、オレとエリザベスへ手渡す。

 王族と高位貴族の身だ、知らない人から食べ物をもらってはいけません、と躾けられてきたが、この場合は仕方がない。

 なんせもっとも身分の高い人間がなにも気にせずにかぶりついている。

 

「やっぱうめーなー!」

 

 オレとエリザベスはハロルドを見る。

 ハロルドも、大通りにむかって中が見えるようになっている厨房を一瞥すると、湯気をたてる肉をかじった。

 

「おいしいですね」

「そうだろう!」

 

 アメリアさんが嬉しそうに応える。

 ハロルドの褒め言葉はオーケーの合図だ。厚切り肉は炭火の上で同じように焼かれ、同じ壺のタレで味付けをされている。つくり手のアメリアさんはリカルド殿と数年来の顔見知りらしい。リカルド殿とハロルドが食べて異常がないのなら、オレとエリザベスも食べてよし、という判断になる。身分確認、調理方法の確認、毒味、の三つをクリアしたというわけだ。

 ……面倒くさいけど、貴族ってそういうものだ。

 

 オレは生地ごと肉にかぶりついた。種なしパンのような生地はほのかに甘みがついていて、味の濃いタレによくあう。

 

「とってもおいしいわ」

 

 エリザベスが親指を立ててウィンクする。がんばってくだけた口調と態度を演じてるエリザベス、めちゃくちゃかわいいな。

 

 口にタレをつけたまま見惚れていると、カウンターからでてきたアメリアさんにぽんぽんと肩を叩かれた。

 

「身分差の恋、がんばりな!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 実は身分はつりあっているんですけどね……。

 そのままオレの前を通りすぎると、アメリアさんはエリザベスにも満面の笑顔をむけた。

 

「お嬢様、そのメガネがちょっと野暮なんじゃないかい? 外せばもっとかわいくなるよ!」

「えっ、さ、左様でございますか?」

「それで君ももう少し髪型なんかを整えれば……」

「ごちそうさまでした、うまかったです!!」

 

 どうやらアメリアさんは世話焼きな性格のようだ。

 かわいくなると言われて照れているエリザベスの手をつかむと、オレは徐々に距離をとった。

 いや、そりゃ、そうなんですよ。だって世界一かわいいエリザベスの魅力とオレの王族オーラを隠すために変装しているんだから。

 

「おー、おばちゃん、また寄るぜ」

「またね、リカちゃん!」

 

 そそくさと去っていくあやしい集団にも気にせず、アメリアさんは手をふってくれた。

 たしかに王都は平和だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] リカちゃん一般人に馴染みすぎ(笑)
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