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17.王太子への試練その一(王宮見物)

 はじめ、の合図とともに、たくましい腕に魔力が集中する。

 

火よ、撃ち貫け(シャリテ・フレイア)

 

 低く呪文が唱えられると同時に、巌のような体がさらにふくれあがったような気がした。立ちのぼる魔気オーラが周囲の空気を揺らめかせているのだ。

 手のひらから火球が放たれる。

 

 対峙する騎士は、それにひるまなかった。

 むしろ我から駆けだすと火球にむかってつっこんでいく。重量のある鎧をものともせず、さらには握る体大剣を重さなど感じさせぬほど俊敏にひるがえした。

 

 ギィン、と金属の擦れあうような音が耳に鈍く響く。

 撃ちむけられた火球を、大剣が跳ねかえしたのだ。

 

 思わず息をのむオレの前で、騎士は剣をふりかぶると即座に打ちおろした――屈強な《魔法使い》、ドメニク・マーシャル侯爵の肩を狙って。

 しかし剣先はドメニク殿に届かなかった。

 

風よ、壁となれフリッカ・ウィンディア

 

 おちついた声が詠唱すると同時に、さしだした左手へと周囲の空気がひきよせられ見えない壁を形づくる。びゅうびゅうと渦巻く風にさえぎられて大剣は止まった。

 兜の奥で騎士が歯噛みする。剣を握る腕にいっそうの力がこめられるのがわかった。

 魔力と腕力の戦い。そしてそれは、少しずつ騎士へと軍配をあげつつあった。大剣がじりじりと風の壁を砕きはじめたのだ。

 騎士の若者――エドワード・ノーデンの目に、勝機への期待が灯る。

 

「はあああああああっ!!」

 

 エドワードが、裂帛の気合をこめ、一撃をくりだそうとした――瞬間。

 

「――隙あり、ですぞ」

 

 がら空きになった胴へ、ドメニク殿が右手をのべた。

 

風よ、圧し退けよバンペシュ・ウィンディア

 

 瞬間、面で展開している防御壁とはまったく異なる、竜巻じみた暴風がほとばしる。

 不意を突かれたエドワードは防御の姿勢にはいることができず、地面を離れて吹き飛んでゆく。

 数秒後、ガシャリと倒れこんだ鎧の中から、弱々しい声が聞こえた。

 

「参りました……」

「《魔法使い》の腕は二本あるということを忘れては困りますな」

 

 ドメニク殿は余裕の笑顔でエドワードに歩み寄ると手を貸してやった。それなりに筋肉質な体格をもつエドワードが、ドメニク殿とならぶと小さく見える。相かわらずおそろしい御仁である。

 

「彼は軍人なのか?」

「いえ、れっきとした魔法省トップですよ」

 

 こそっと聞いてくるリカルド殿に首をふる。その気持ちはとってもわかる。一応魔法使いの象徴ともいえるローブをはおっているのだが、それよりもローブから飛びだす筋肉に目がいく。

 上腕二頭筋がなめらかに躍動した、と思ったら、ドメニク殿がこちらをふりむいていた。

 

「いかがでしたかな、リカルド様、ヴィンセント殿下」

「おぉ、非常に楽しませてもらったぞ」

 

 リカルド殿が鷹揚にうなずく。オレたち二人は演習場の見学席から、ドメニク殿とエドワードの戦いっぷりをのぞいていたのである。

 

 ドメニク殿およびエドワードの父御であり騎士団長でもあるザッカリー・ノーデン伯爵の発案により、我が国はいま魔法にも対抗できる騎士団の可能性をさぐっているところだ。手はじめに、魔石の合成された鎧や武器を用いて魔法使いと戦うことができるか、の検証中。

 エドワードが大剣で火球をはじきかえしていたように、不可能ではないらしい。

 

 昨夜、興奮しすぎた父上はふたたび病床に臥せる身となり、母上は看病の名目で父上につきそい。結局のところオレがリカルド殿をもてなすという方針は変わらなかった。

 というわけで今朝から、王宮を案内している。

 

「魔獣を相手にする場合の戦略などは研究されているが、魔法使いという視点はなかったな」

「近ごろは魔石の加工も進んでおりますからね。将来ありえぬとも言いきれませぬ」

「そうだな、マリアベルと戦おうと思えば我が国の軍では……」

 

 リカルド殿が漏らした呟きにドメニク殿が若干顔をひきつらせている。聞こえなかったふりをすることに決めたらしく、それだけだったが。

 

「ふーむ。ウルハラの兵は精鋭ぞろいなのだろうな」

 

 リカルド殿はにっかりと笑ってオレを見た。

 これは遠まわしに軍についての説明を求められているのだ。直接尋ねるのははしたないので、意図を汲みとってオレから説明するのが望ましい。

 

「そうですね……」

 

 説明しようと口をひらきかけたまま、オレはしばし固まった。

 王宮や王都の警護は基本的に王立騎士団が行うが、領地に公認の私設騎士団をもっている貴族もいる。

 騎士団の数やそれぞれに所属する騎士・兵馬の数、軍備などは公表されている情報とされていない情報がある。公表しているからといってそれが正確に現在の数字と一致しているとも限らない。

 

 えーと、このへんの話、どこまで明かしていいんだったか……。

 対外的な場に臨む上位貴族なら叩きこまれていることであるものの、いかんせんいまのオレは記憶が封じられているため、そのあたりの微妙な判断に自信がない。そもそもオレ、私設騎士団を全部言えるかな。

 リカルド殿はリカルド殿で、オレの知識を試そうとこんな質問をしかけているに違いなかった。

 

「うん?」

 

 リカルド殿がにっこりと笑う。その笑顔に幼いころの思い出が重なった。よく組み手をしかけられては投げ飛ばされていたような。

 気圧されたオレの笑顔はひきつっている。――と。

 

「僭越ながら、騎士団の説明ならば私がいたしましょう!」

 

 ガシャリと鎧の音も高く、オレの隣に騎士が立った。

 エドワードだ。オレの事情などなにも知る由はないが、武勇の誉れも高いニーヴェ国王の姿に興奮しているのだろう。

 

「あぁ、頼む」

「はい、ではまずは王立騎士団の成り立ちから……事の起こりはいまより百五十年の前のこと――」

 

 頬を上気させ力説するエドワードをながめつつ、オレは複雑な想いをいだいていた。

 助かった……と、安心していいのかどうか。リカルド殿の狙いがオレの試験テストなら、マイナスがついたような気がしなくもない。

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