15.マリアベルとリカルド(前編)
リカルド殿が語るところによると、母上の隠された過去、もといリカルド殿と母上のロマンスというものは、こういうことであった。
母上――すなわちマリアベルは、ダーリング侯爵家の長女として生まれた。
そのころ我がウルハラ国はいまのようには栄えておらず、婉曲に表現すれば、やや混沌としていたらしい。
混沌の中で生きぬいた幼少のマリアベルは、あるとき己に魔法の才能があることに気づく。
長女として厳しく躾けられ鬱屈していた少女は、魔法に頼ってやんちゃをした。いまの教育熱心な母上からは考えられないことである。幼いころオレが家庭教師の目を盗んで脱走しまくっていたのはもしかして母上の血なのでは?
耐えきれなくなった侯爵家は、マリアベルをいったん国からだすことにした。一応厳しい教育の賜物で外面はよかったので、他国であればしおらしくもなろう、互いに頭を冷やそう……ということだったそうだ。やはり血を感じる。
マリアベルは大国ニーヴェでそれなりに自由奔放に、それなりに慎み深く暮らした。侯爵家はほっと胸を撫でおろす。
ところが、当時のニーヴェでは王位継承をめぐって水面下で二つの家が争っていた。
そしてマリアベルは幼い日のリカルド殿をたまたま助けたことにより、その争いの渦中に陥ってしまったのである。
リカルド殿の派閥から助力を乞われたマリアベルは見捨てるわけにもいかずこれを承諾、しかし彼女は留学生の身である。
マリアベルが心配した身分上の問題は、留学生であるために権力をもたないことではない。
留学生であるために、二年以内に自分は国へ戻ってしまうということである。
「問題をひきずったままでは寝覚めが悪いですわ」
そう言ったマリアベルは、リカルド派ですら誰も予想していなかった行動にでた。
単騎敵方の屋敷へのりこみ正面突破、リカルド殿の暗殺計画の証拠を手に入れ、敵を失脚へ追いこんだのである。
ちなみにそのとき敵が切り札として召喚したのがプラムというキング・ケットシーで、本来ならば王都ごと破壊できるほどの力をもっていたはずのそれはマリアベルにあっさりと倒されたという。
プラムの痕跡はなにもなく、その後どうなったのか誰もわからない、とリカルド殿はつけ足した。つまり母上についてきちゃったんだな。それで王宮の地下に封印されたのか。
人知れずニーヴェ国の混乱を収めたマリアベルは、事情が明るみにでないうちに――とウルハラ国へ戻ってしまった。ほのかな恋心を芽吹かせたリカルド殿を残して……。
さて、国に帰り、相かわらずやや混沌としていたウルハラの現状を見たマリアベルは、ニーヴェでの争いを思いだし、二の轍は踏めぬと王の尻を叩いて改革に着手した――その王がガイウス・フォン・ワイズワース。父上だ。
「そのあたりのことは俺は知らぬ。しかし風の噂で猛激烈女だとか破壊神が現れたとか聞こえてきたから、マリアベルのことだろうと思っていた。本人に言えば俺もツブされる可能性があったので確認はしなかったが」
なにからなにまで大正解です。
そして、まぁ……淑女たる母上にとっては、英雄譚ではなく黒歴史であるかもしれない。
「そんなことがあったのですね」
頬に手をあててエリザベスがほうっとため息をつく。意外とこういうのが大好きなエリザベスにはヒットしたようだ。オレも自分の母親の話でさえなければ面白いと思う。
「国の歴史は学びましたが、たしかに以前のウルハラには汚職がはびこっていたと……その因襲に改革の手を入れたのが名君ガイウス様と書かれておりましたわ。王妃様のお名前はどこにも……」
「歴史書をそのようにつくってしまえば数十年で真実はわからなくなるとマリアベルが言ってたからな」
完全に悪役の台詞じゃねーか。
父上が恐妻家っぷりを発揮している理由が理解の範疇を超えていて、オレは頭をかかえた。エリザベス、大丈夫? 本当に王家に嫁入りする?
「まぁそんなわけで、いまの俺があるのはマリアベルのおかげなんだ。だから俺はマリアベルに秘密の忠誠を誓っている」
リカルド殿がとんとんと心臓のあたりを指先で叩いた。
髪色と同じ濃紅の瞳は遠くを見るようでいて、なつかしさにあふれていた。リカルド殿の中では思い出はまだ鮮やかなのだ。
知らなかった。この隣国の王がそんな想いを秘めていたなんて。
高い高いされて池に放り投げられて泣いた記憶しかない。
「だからたびたび我が国にお越しになっていたのですね」
「あぁ。ガイウス殿を脅してな、俺だけはいつでも遊びにきてよいという裏条約を結ばせたんだ」
いや……まじで知らなかった。
隣国の国王がいつでも遊びにくるっていろんな意味で危なすぎるだろ。
引き気味の困惑が顔にでていたのか、リカルド殿はうなずいた。
「心配するな、裏条約には免責事項が百近くついている。俺がウルハラ国内で死んでもニーヴェは文句は言いませんとか、俺がなにかした場合には叩きだされても文句は言いませんとか、いろいろ」
父上も必死だな。
しかしそこまでしてつながりをたもとうとするのだから、リカルド殿の想いも生半可ではないということで――。
「仕事は信頼できる部下に押しつけ……采配してきたし、しばらくウルハラに滞在させてもらおうと思う」
「その件なのですが、実は父が病で臥せっておりまして」
嫌な予感をおぼえつつ告げれば、リカルド殿は人好きのする笑顔でニッと笑った。
「問題ない。俺は君を見にきたんだ、ヴィンセント。マリアベルの国を継ぐにふさわしい者かどうか、君が俺をもてなしてくれ」
……やっぱりそうなるのか。






