14.また面倒なのがきた(後編)
リカルド殿は、手綱を離し、ひょいと片手をあげる。
「リカルド殿……!?」
「リカルド様?」
オレの叫びに同乗していたエリザベスも目を丸くする。
「馬車を止めてくれ!」
御者があわてていたのはこのせいか。リカルド殿の面相など知るはずがないから、ハロルドの馬で別の人間がやってくれば困惑する。
オレの掛け声で馬車はゆるゆると速度を落とし、停止した。御者が扉をひらくのをまたずに自ら扉をあけて降りる。
リカルド殿もハロルドの馬から降り、こちらへむかってふたたび片手をあげた。
「よっ、元気にしてたか」
「リカルド殿も御息災でなにより」
「なんだぁ~? 昔みたいにリカちゃんって呼んでもいいんだぞ。リカちゃんって」
にやりと笑えば彫りの深い顔立ちにえくぼができる。
ざんばら髪を後ろでまとめ、王族とは思えぬはだけた胸元とベルベッドに連なる金鎖の飾りや腰に巻かれた布飾り。以前にはなかった顎ヒゲまで加えられれば、南国人らしい気のいい兄ちゃんといった体である。
オレの記憶の『リカちゃん』となにもかわらない。
母上の含みのある物言いはなんだったのだろうかと疑問に思うと同時に、エリザベスの紹介がすんでいないことに気づく。
「申し遅れました、こちらはエリザベス・ラ・モンリーヴル公爵令嬢……オレの婚約者です」
「エリザベスと申します。どうぞお見知りおきを」
「おぉ、これはどうも。美しいお姫様だ。リカルド・ルイス・ヴァレロンと申す。こちらこそお見知りおきを」
エリザベスが深々と頭をさげるのに、リカルド殿も胸に手をあてた敬意の礼をかえす。そして、優雅な仕草でエリザベスの手をとると、――白い甲に、唇を落とした。
「あ゛っ!!」
思わず声をあげるオレにリカルド殿が人の悪い笑みをかえしてくる。
そういえばそうだった。すっかり忘れていた自分の迂闊さに歯噛みしたい気持ちになる。
「ニーヴェでは貴婦人にはこうして挨拶するのが礼儀なのだよ」
「おやめください。エリザベスはオレの婚約者だと言ったでしょう」
すました顔をとりつくろうとしたものの、それが失敗に終わっていることは自分でもわかっていた。母上に指摘されたとおりなのだろう。記憶を封印された影響か、普段より素直に感情が表にでてしまう。
リカルド殿を見てわかるように、南国ニーヴェの人々は陽気だ。彼らはスキンシップを好み、仕草は大袈裟なところがあり、国王はふらふらと隣国に侵入してしまう。で、このニーヴェ王は、王宮へくるたびにニーヴェ流の挨拶をたれながし、女性たちを虜にしていた。
早い話が人たらしなのだ。
……エリザベスは、いまの『挨拶』をどう思っただろうか。
そっとうかがったエリザベスは驚きに目を見ひらいていたが、オレの不安げな視線に気づくとにこりと笑った。それはもう、つつみこむようなやさしい――天使の羽を思わせるほほえみ。
「リカルド様の親愛のご挨拶、うれしく思いますわ。わたくしからもおかえしさせてくださいませ」
そう言って、リカルド殿にむきあったエリザベスはスカートの裾をつまむと深々と膝を折った。顎をひき、腰をさげる。
先ほどの、略式ではない。我が国の儀礼において、貴族女性が最敬礼を表す辞儀。
つまりエリザベスは、遠まわしに我が国での友人としての礼はこれですよと示したのだ。
リカルド殿の不敵な笑みが消えた。
「いかがですか」
たっぷりと間をおいてからエリザベスは顔をあげた。浮かぶのは先ほどの天使の笑顔。
オレはなにも言うことができなかった。
やがて、ぽかんとひらいていたリカルド殿の唇が、満足げにたわんだ。
「ははは、わかったよ。郷に入っては郷に従えというからな。もうやめよう。すまなかった」
あっさりと自分の非を認めるとリカルド殿はオレたちののってきた馬車を指さした。ちなみに中にはラースのいれられた籠がはいっている。ラースがさっきのシーンを見ていたら憤慨していたと思うので見られなくてよかった。
「さ、王宮へ連れていってくれ」
うながされ、オレは馬車の扉を支えた。エリザベスに手を貸して馬車にのせると、そのあとにリカルド殿を招く。
すれ違うリカルド殿のたくましい手が、ぽんぽんと頭を撫でた。
なんだと見上げればやさしい視線にぶつかる。
「本当に成長したな。ヴィンセントもますますマリアベルに似てイケメンになったし、マリアベルみてーな精悍な婚約者もいる。ついでにハロルドの坊主も感情がねーのかってくらい顔が変わらないな。俺の代わりに俺の馬車にのれと言ったらあっさり従ったぞ」
オレは無言でリカルド殿を見つめた。
記憶を封じられる直前に、同じような台詞を聞いた気がする。マリアベルに似てイケメン、とかなんとか。
まさか、この人。
会えばわかる、といった母上。
「リカルド殿……母上となにか因縁をおもちで?」
「マリアベルからなにも聞いていないのか?」
おそるおそる尋ねれば、逆に驚いたような問いがかえってくる。
「そうかぁ。ヴィンセント、マリアベルの正体を知らずに十八年生きてきたのだな」
正体って人の母上を魔物みたいに……と思うものの、父上が漏らした「あく……」のつづきを考えると似たようなものかもしれない。
尋ねてはしまったが、オレの直感が警鐘を鳴らす。あまりこの話題を掘り起こさないほうがいいと。母上が黒歴史だと思うほどのなにかが埋められているのだ。
「そうですね、知りません。ではどうぞ、馬車へ。旅のお話など聞かせてください」
エリザベスのいる車内を示し、話を打ち切ろうとするも、オレの努力は徒労に終わった。
リカルド殿は目をキラキラと輝かせている。しゃべりたくて仕方がない、と顔に書いてあった。
「ウチの国の話なんかよりマリアベルの話のほうが面白いさ。王宮まではまだ時間があるだろう? 聞いていけ、俺とマリアベルのロマンスを」
「……ロマンス」
やっぱり、この人も母上大好きだな?
だんだん見えてきたぞ、今回の騒動の裏側が。






