12.二つ名の答え
息もたえだえといった様子のプラムはあっさりと捕獲された。
逃げだす心配はなさそうだが、ハロルドが先ほどラースにしていたようにがっちりとはがいじめにして連れていく。プラムは脱力した手足をぶらぶらと揺らし、たまに「おえっぷ……」と呟くのでオレとエリザベスは少し遠巻きに歩いた。
国王夫妻の寝室へ戻ると母上にプラムをひきわたす。
「オレの記憶を封印したせいで魔力不足に陥ったそうです」
青白い顔であやしげな音を立てているプラムに母上は顔をしかめ、ふたたび手を光らせた。
「マリアベル……!! ふ、ふん……魔力を与えてもらったからって、懐柔されるわけじゃニャいニャ……」
つれない台詞を口にしつつ顔をそむけるプラムだが、ヒゲがぴんとはって、尻尾の先もふりふりと揺れている。さっきの台詞といい、なんだかんだ母上のこと好きだろ、お前?
「魔力を流してやるのですか?」
「体調不良で吐かれては困りますからね。……しかし、全然だめねこれは」
言葉どおり、プラムはよくなる気配がない。一瞬元気になったもののすぐにぐったりと目をとじてしまう。その姿はほぼ父上と同じだ。
母上は呆れたようなため息をついてプラムを父上の隣に寝かせた。
「ガイウス……!! おにょれ、ここであったが百年目ニャ!!」
父上を見たプラムがカッと目を見ひらいてネコぱんちをくりだしている。たいした威力はなさそうだがぺちぺちと頬を叩かれて父上は苦しげな呻きをあげた。
父上への態度に先ほど母上にしたようなツンデレ感はない。本気で嫌っているようだ。
すぐに力尽きたプラムをちらりと一瞥し、母上はオレへとむきなおった。
「記憶の封印というのはね、たとえるなら魔力で頭の中に箱をつくるのです。その中に記憶を押しこめる。当然、封じる記憶が多ければ多いほど押しこめる力も箱の力も必要です」
「なるほど」
「しかもあんたら、その封印をいじったニャ? 混線しちまってるニャ」
「いじったわけではないのだが……」
ハロルドはまたしょんぼりとした顔になっている。主人の顔面に聖竜を投げつけたりするからだぞ。
「マリアベル似のイケメン兄さん」
嫌な称号だな。
ちょいちょいと手招きもとい前足招きをするプラム。ベッドをまわりこんで近寄ると頭をぽんぽんと叩かれた。肉球の感触がなんともいえない。
ふと視線を感じて見まわすと、エリザベスがこちらを見ていた。その瞳に浮かぶのは羨望……のような気がする。そういえばエリザベス、ネコ好きだもんな。ラースが自分の手を見つめているがお前の肉球は硬いぞ。
「んーこれは……ワガハイがかけた封印がズレて、《一番大切なものの周囲の記憶》が封印されたみたいだニャ」
「やはりそうか」
「わかってたニャ?」
「まぁな」
学問だの外交情報だのがするっと抜けた理由は、エリザベスの次に大切だから……というかエリザベスと結婚するために必要なものだからだ。
エリザベスの記憶が戻ったかわりに、そのあたりの記憶が封じられたのだろうという気はしていた。
「戻せるのか?」
「無理だニャ……ワガハイのでニャい魔力もまじってるし、なんだかいやに白くてごつくてトゲトゲな魔力だニャ。体調が万全なときでニャいと余計にこんがらがるニャ」
丸い顎に前足をあてて首をかしげるプラム。
それはラースの魔力だな。たしかに聖竜と魔獣では聖竜のほうがはるかに格上だから、自分の魔法だといってもさわりにくいのだろう。
「これ以上脳内をめちゃくちゃにされるのは嫌だな……」
オレは隣で心配そうに眉をひそめているエリザベスを見た。
まかり間違ってエリザベスの記憶が完全消去されてしまっては困る。
「そうだニャ、一か月くらいすれば魔力は回復するニャ」
「そんなにか」
とはいえ、戻しようがないと言われるよりははるかにましだ……と考えるしかないか。一か月不便さを我慢すればよいのだから。
解決の見通しが見えてほっと肩の力を抜く。周囲の安堵が伝わったのか、プラムはにんまりと笑うと腹をだして寝っ転がる。溶けたバターのように毛皮がだらしなくゆるんだ。
「一か月、ワガハイを心をこめてもてなすニャ。そうしたら協力してやってもいいニャ――フギャアァッ!?」
後足を組んでふんぞりかえっているところを母上に首根っこをつかまれもちあげられるプラム。全身の毛がぶわりと逆立ち、瞳孔はひらききっている。母上はそんなプラムを左右に軽く揺さぶってから、首をかしげて悩む仕草をした。
「完全に存在を消滅させれば封印も消え去り記憶はもとどおりになるでしょうが、プラムはそれなりに格の高い魔獣です。亡きものにした場合、魔獣界のバランスがくずれるのですよね……」
「そ、そういうことだニャ。だから前回は封印で手を打っていただきましたニャ、マリアベル様」
プラムは左右の肉球を擦りあわせつつ薄ら笑いを浮かべて母上を見上げた。ひくひくと歪められた口元から牙がのぞく。完全に媚びている……のに全然かわいくない。ラースにぶりっこの仕方を習ったほうがよいな。
というか、母上とプラムのこの上下関係はなんなんだ。
呆然としたまま見ていると父上がぱちりと目をあけた。起きていたんですか父上。
「わしが以前、王妃の二つ名を教えたのをおぼえておるか?」
「やっぱり二つ名だったのですねあれは……ウルハラのあく――いえ、奇跡と」
「そうだ。ウルハラとはなんじゃ」
「国名ですね。……うちの」
なにをいまさら問うのかと答え……まさか、と身をこわばらせた。
父上がゆっくりとうなずく。
「マリアベルはかつて我が国だけでなく周辺諸国にも名をとどろかせ、魔獣たちさえ本能から畏れた、建国以来随一の女傑じゃ」
「その話はいまのわたくしには黒歴史ですわ……若いうちのお転婆くらい許されるかと思ったら猛激烈女だの破壊神だのと呼ばれて」
「わしにとっては楽しい思い出じゃよ」
頬に手をあてた母上が翳りをおびた表情でため息をつく。その手をやさしく握る父上。……なにいい雰囲気にしてるんですか。破壊神のインパクト全然くつがえせてませんよ。
二つ名をもっているだけでもすごいのに、それが三つもあって、ウルハラのあく……奇跡に猛激烈女に破壊神。
「そんな話、オレは知りませんでした」
「わたくしも聞いたことがございませんでしたわ」
「あなた方が生まれる何年も前ですもの」
「わしも緘口令を布いたしな」
緘口令は黒歴史封印用じゃないんですよ父上。昔のオレのことは口にしないようにと王宮内に緘口令みたいなものを布いているオレが言えた義理ではないが。
「マリアベルの雄姿を知るのはわしだけでよいからな……」
おっと想像より斜め上の理由だった。
エリザベスはこれが義理の両親で大丈夫なのだろうか。
不安になってうかがい見ると、エリザベスは――満面の笑みを浮かべて、キラキラと目を輝かせていた。
「破壊神として名を馳せるなんて……まるで神話のようですわ。王妃様の凛とした立居振る舞いはお若いころからだったのですね。わたくしもそのお話、聞いてみとうございます……!!」
「えっ、いえ、そんな……わざわざお聞かせするほどのことではありませんわ」
エリザベスのスーパー素直な憧れの視線に母上が頬を染めてうつむく。
あの母上を照れさせるだと……? 父上もプラムも唖然とした顔で母上を見つめている。いや父上は唖然としちゃだめでしょ。
エリザベス、見た目のふんわり感に反して、そういうの好きなんだよな……ラースと組んだときもノリノリだったし。優等生が不良に憧れるみたいな?
そんなことを考えていたら母上にギッと睨まれた。ヒエッ。
「いまなにか失礼なことを考えておりませんでしたこと? いまのあなたはいつも以上に顔にでましてよ、ヴィンセント」
「いえっ、そんな、滅相もない……!」
ヤバイ、なにか言い訳を――。
母上は眼光鋭くオレを見据えた。これまでも普通に怖かったが、二つ名を知ってしまっては滅される感が増してもっと怖い。ガキのころのオレよく母上に反抗してたな。無知が導くのは勇気ではなく無謀である。
笑顔を張りつけたまま、冷や汗をかきながらオレは言い訳をさがす。
しかしオレがいい感じの弁解を思いつく前に、母上は視線を逸らすこととなった。
寝室の扉のむこうから、緊迫した家令の声が届いたからである。
「失礼いたします、南のミルフォード関に、リカルド様がお越しになったと報せが……!!」
返事をまたず告げられた内容に、その場にいた者たちは顔を見あわせた。






