6.一番大切なもの(後編)【エリザベス視点】
「――……」
頭が真っ白になって言葉をつむげないわたくしを、身を起こしたヴィンセント殿下が小首をかしげて見つめている。まなざしも口調もいつもとは違う殿下。
正直、なにが起こっているのかはさっぱりわからないけれども……。
申しあげるべきことは決まっている。
わたくしは目をとじると、胸をおさえて小さく息をついた。呼吸の仕方をたしかめる。
足元に力をこめ、姿勢を維持。
「エリザベス・ラ・モンリーヴルと申します、ヴィンセント殿下。殿下の婚約者であり、恋人ですわ」
一息に言って、まっすぐにヴィンセント殿下を見つめる。
碧の瞳に驚きの色が満ちる。
「……婚約者?」
「はい」
「恋人……」
「そうですわ」
鸚鵡がえしに確認されて恥ずかしい気持ちがわき起こるが、ヴィンセント殿下に認めていただき、こ……恋までしていただいた、身だもの。堂々としていなければ殿下にも失礼というもの。力強くうなずきながら、言葉でも肯定する。
ヴィンセント殿下は腕組みをすると顎に手をあて、考えこむ顔になった。
そして、数秒後。
「そういうことか~~~~!!」
……頭をかかえ、床へうずくまった。
従者であるハロルド様がすぐに手をさしのべて立ちあがらせるものの、ハロルド様も顔をうつむけ、肩がふるえていらっしゃる。
「正直そこは心配しておらんかったが、やはり惚れたな」
「我が息子ながら信頼と実績のチョロさですわね」
王妃様も国王陛下によりそいつつうなずかれている。
そこであらためて、わたくしは国王陛下と、陛下によりそっておられる王妃様をうかがった。
「いったい、殿下はどうされたのでしょうか……?」
「実は、王宮の地下に封印されていた魔獣が復活してしまったのです」
わたくしの疑問に答え、王妃様が語りはじめる。
「二十年前に我が国を襲った魔獣です。わたくしと陛下が互いの魔力をあわせて封印しました。そろそろ封印を強化せねばと思っていた矢先に、ほころびてしまったようで」
「まぁ……」
「ラース殿の召喚が引き金になったのでしょうね。王都内での瘴気の大移動……それが王宮の封術にも影響を及ぼしたと思われます」
「それは申し訳ございません」
わたくしは深々と頭をさげた。ラース様の現在の主人はわたくしだし、いまは聖竜として守護してくださるとはいえ元をただせばラース様が邪竜に身を落としてしまったのはわたくしのせいだ。
見ればラース様は尻尾の下に身体を隠してガタガタとふるえている。……以前、王妃様に一日おあずけしたことがあったのだけれど、よほどに怖かったようね。
ラース様のお隣ではヴィンセント殿下が相かわらず頭をかかえてうずくまっていらっしゃる。
「いえ、エリザベス嬢の責任ではありません。そこに考え至らなかったわたくし共の怠慢ですわ」
「けれど、陛下のご体調が……」
「それこそエリザベス嬢とは関係がありません。封印の折り、わたくしの魔力だけで足りたにもかかわらずいいところを見せようとして割りこんできたのは陛下ですから」
「だってそれでは君だけに負担をかけることになるじゃろ、マリアベル」
「結局あなただけが臥せることになったではないですか、二十年もたてば歳をとるのですからそれを計算にいれておかないとなりませんと申しましたのに、ガイウス。いえ、話が逸れましたわね」
こほん、と咳払いをし、ヴィンセント殿下を示す王妃様。
「復活した魔獣は、最初にヴィンセントと出会ったようですの。そして、そばにいたハロルドの証言によれば、一番大切なものをいただく、と述べたとか」
「一番、大切なもの……」
わたくしはその言葉を反芻した。
そして――そして。
つとめて平静さをたもっていた顔がみるみる赤くなっていくのが、自分でもはっきりとわかった。
ヴィンセント殿下も拗ねたように唇を尖らせそっぽをむいている。
「ヴィンセントの記憶の中で、エリザベス嬢に関する事柄がすべて封印されたようですの」
そんな二人をばっさりと一刀両断に斬りふせるように、王妃様の無情なる状況説明がつづいた。






