1.結婚準備(前編)
第三部開始です~。今日は朝夜の二回更新です!
本日発売の第二巻もよろしくお願いします!
羊皮紙に連ねられた一覧をながめ、父上は重々しくうなずいた。
「ま、こんなものじゃろう」
父上が手にもっているのは招待客と席次をまとめた案――オレとエリザベスの結婚式の、である。
王太子の婚礼だ、自国の貴族たちはもちろん、近隣諸国の王族にも招待状をださねばならないし、彼らの配偶者や跡継ぎなどをどの程度招待するのかも格式と思惑が関わってくる。その案をオレにださせるというのはすなわちオレの外交に関する理解力を見るということでもあった。
たとえば、北の隣国オリオンは、王太子マリウス殿だけでなく我が国に留学経験のある弟レオハルトとマリウス殿の婚約者リーシャ嬢も招待する。これなどは当然だが、南の隣国ニーヴェ国王には妃や王太子がいないこと、オレも幼いころから交友があることなどから、国王であるリカルド殿宛に招待をだす。
これらの個人的な友好度のほかにも、情勢が思わしくない国へは誰宛にどのような招待をだすか慎重に考えねばならない。オレが国王となった場合に誰と繋がっているべきか、そういったことを考える機会でもあるのだ。
無事に及第を言いわたされたオレはほっと肩の力を抜く。
「これがもっともめんど……重要な事項じゃからの」
いま面倒って言いかけましたね父上? 重要であることにも変わりはないのでつっこみはしないが。オレにやらせたのは二重の意味があるというのは薄々勘づいてはいましたよ。
「では、日程調整はよろしくお願いします」
「うむ。おぬしはひきつづき、エリたん周りの手配を進めよ」
「御意」
「あぁ……ヴィンセント」
ふと名を呼ばれて、妙な空気に首をかしげた。
父上はいつになく真剣なまなざしでオレを見つめている。オレと同じ碧眼の瞳が重々しい瞼の奥で思慮深げな色を投げた。
「なにがあっても、エリザベス嬢と結婚するのだぞ」
「それは、無論」
言われるまでもないことだ。
オレは怪訝な視線を父上にむけた。エリザベスモンペな父上がオレに念を押した……というには、その声色はあまりにも真に迫りすぎていた。
意味を測りかねていると、父上の口元がにやりとゆるむ。
「いや……よい。ついに毎日エリたんに会える日がくるのかと思えば、心がはずんでしまったようじゃ。おぬしにとっては言われるまでもないことであったな」
そうではないと心の中で否定したことを言い訳にされてオレは眉を寄せた。父上相手にこれ以上尋ねても種明かしをしてもらえないことは確実だったし、毎日会う気なのかよという思いもある。
どうなっちゃうんだ、オレの新婚生活。
とりあえず父上のほうは、家令に言って公務を大量に入れてもらおう。各地の視察とか外交とか晩餐会とか。
そんな腹積もりはおくびにもださず、すました顔で頭をさげると父上の御前を退出する。
すぐさまオレは自室にむかった。
時は夏の盛りをすぎたころ。
アカデミアの三回生がはじまり、そろそろ半年が経過しようとしていた。
あと数か月もすれば年内にほとんどの講義は終わりを迎え、年が明けてしばらくのちに卒業パーティが催される。
そしてそこから、貴族たちの婚姻ラッシュがはじまるのである。
アカデミアを卒業した者たちの進路は、王都へとどまり役職を得るなり、事業を起こすなり、故郷へ戻り領地経営にのりだすなり、様々であるが、ほとんどの者の環境や肩書が変化する。
ならば、もう一つ箔づけに――というわけではないが、アカデミアのある王都にいるうちにすませておきたいイベントといえば、婚姻にまつわる行事……すなわち結婚式だ。
例年春先から初夏のころまで、アカデミアを卒業した若き貴族たちの婚姻の報が相次ぐ。事務官が慌ただしくなる季節である。
家によってやり方は様々で、婚姻宣誓書を王宮に提出して終わりのこともあれば、式を挙げることもあり、規模も多岐にわたる。
今年もそうなることは間違いないが、一つだけ異なる点がある。
今年は王太子であるオレが卒業する。
ということはオレとエリザベスの結婚式が執りおこなわれるに違いないと貴族たちは考え、まさか先んじて挙式の報せをだすわけにもいかず状況をうかがっているのである。
そしてその期待に応えるため、王家としても総力をあげて(?)段取りを整えているのであった。






