クリスマス番外編.あなたに愛のプレゼント(後編)
完成した首飾りを前に、オレは感嘆の声をあげた。
職人を呼んでオレのアイディアとエリザベスへの愛を滔々と聞かせ、数度にわたる打ち合わせのすえデザインを決めた特注品である。
ハート形のアイデアルカットを施したアメジストを中心に、周囲にも小粒のアメジストを配し、ピンク・ゴールドとプラチナの繊細な細工で支えることによってエリザベスの芯の強さと可憐さを表現した。晩餐会などのためにドレスアップしたエリザベスは普段のかわいらしさに美しさを上乗せしてくるからな……このくらいの豪華なデザインにせねば引き立て役にすらなれない。
これからは婚約者として、パーティなどにも二人で参加しよう、そんな想いを込めて、これがオレのプレゼントである。
もちろんオレのいないところでもエリザベスはオレのものだと宣言する意図もある。この首飾りをつけたエリザベスを見れば、人々は褒めそやすに違いない。そして尋ねるだろう。
「このようなすばらしいものをどこで?」
と。当然エリザベスはオレの名を答える。
「まぁ、お二人はとてもラブラブなのでございますわね――」
という寸法である。ふふふ、見える、見えるぞ。扇で口元を隠した貴婦人のほほえみが。はにかんだエリザベスがオレのことを思い出す様子が。あわよくばその隣でエスコートをしていたいものである。
「完璧だ……」
「ありがたき幸せにございます」
ついこぼれた賛辞の言葉に宝飾職人が頭をさげる。
しかしその表情は視線はどこか微妙に泳いでおり、ハロルドが隣でため息をついているので、どうやら心の声がすべて漏れていたらしかった。
***
冬至祭の前日、美しく着飾ったエリザベスは両親とともに王宮へとやってきた。
こちらも父上、母上をまじえて、夕食会に招いたのである。
伝統的に冬至祭の夜は家族や縁の近しい者と暮らす。領地での祭事をとり仕切るために領地に戻る貴族も多い。王都では大々的な晩餐会は控えるのが慣習になっている。
が、大々的ではないし。エリザベスは家族(予定)だからいいだろう――なるほどこうして王都の民のあいだでは恋人とすごす日に移り変わっていっているわけだ。
オレがエリザベスに会いたいと切りだす前に父上と母上が前述の主張をし、ラ・モンリーヴル公爵家に書状を出した。毎年オレが贈り物をしているのは知っているので、今年はそれにかこつけて会おうと前々から企んでいたのだろう。
エリザベスもまた小包をたずさえていた。リボンをかけられたそれは一目で贈り物とわかる。
食事の支度がととのうまでは間があるので、応接間に移動して先にプレゼント交換をすることにした。両家両親環視のもとのプレゼント交換、なかなかに緊迫感がある。
テーブルにオレの渡した小箱を置き、そっと蓋を持ちあげるエリザベス。
クッションに支えられた首飾りがあらわになると、その表情はぱぁっとはなやいだ。
宝石と同じ色の瞳がまぶしく揺れる。
「なんて素敵な……! これは、ヴィンセント殿下が……?」
「そうだ、エリザベスをイメージしてつくらせた。晩餐会のときにでも使ってもらえたら嬉しい」
本音はオレのいないときにいつでもつけて虫よけにしてほしい、なのだが、そこまではっきりと言うことはできずに言葉を濁す。
エリザベスはまじまじと首飾りを見つめ、大きくうなずいた。
「嬉しいですわ。ありがとうございます。本当に、夢みたいに綺麗……つけてみても、よろしいですか?」
「もちろんだ」
ほうっと息をつくと、エリザベスは両手をうなじにまわした。小さく金属の揺れる音がして、真珠をあしらった首飾りが外される。
たおやかな指先に見惚れていたら、笑顔のままの母上にバシッと背中を叩かれた。
そこでようやく気づく。
「ぼくがつけよう」
エリザベスが手をのばすのを制すると、小箱から自分の贈ったほうの首飾りをとりあげ、オレは立ちあがった。背後にまわったオレにむかって、エリザベスは少しだけうつむいて首をさしだす。
まとめられた金髪は互いの動きを邪魔しない。
震える手が気づかれないようにと祈りながら、アメジストの首飾りを細い首にまわし、うなじのあたりで留め具をかける。
もちろん素肌に触れることはしない。というかたぶん触れてしまったらオレが倒れる。緊張でばっくんばっくんいっている心臓が破裂すると思う。
やっとの思いで任務を遂行し、動悸のとまらないオレの前で。
エリザベスはソファから立ちあがると、ゆっくりとふりむいた。
ふわりと揺れるドレスの裾が、金の後れ毛が、天使の羽根のように心の奥底をやさしくくすぐってゆく。
「ありがとうございます、ヴィンセント殿下。……いかがでしょうか?」
「あぁ……とても似合っている」
思わずため息とともにはきだした台詞は、ちゃんと届いたようだった。
嬉しそうにエリザベスがほほえむ。
やはりあたたかみのあるピンク・ゴールドを選んでよかった。アメジストの澄んだ紫と相まって、エリザベスのおちついたかわいらしさをよく演出しているではないか。
エリザベスのほうが光り輝きすぎてやや霞んで見えるきらいはあるものの、首飾りもきちんと存在感をもって輝き、相乗効果を発揮している。
しかしさすがに君のほうが綺麗だよ……などというのは――。
「エリザベス嬢の美しさには敵わぬがな。とても映えるな」
「えぇ。晩餐会にいけば広間中の注目を集めますわ」
「まさかヴィンセントにこのような才があったとは」
「勿体ないお言葉です」
父上、めっちゃ言ってるし。
気障な台詞を言いたくても言えない息子の純情に気づいてください。
エリザベスは照れた笑顔で父上と母上に応対したあと、オレにむかってリボンの小包をさしだした。
「ヴィンセント殿下の贈り物のあとでは心がひけてしまいますが……わたくしからは、こちらを」
「ありがとう。開けてみても?」
「はい」
エリザベスがうなずく。
まだどこかふわふわとした心持ちで、しかし表面上は平静を装って開けてみると、中から出てきたのはおちついた印象の焦げ茶色の手袋だった。それも仔山羊革だ。仕立てもよい。
「お出かけになるときに、お使いいただければと思いまして」
「――……それは……」
意図を尋ねかけたオレの背中を、ふたたび母上がバシッと叩いた。妙に痛いと思ったら扇の飾り玉を投げられていた。しかも公爵家の三人の視線が逸れた一瞬の隙を突いて。
オレはあわてて口をつぐむ。
外出用の小物――特に手袋を贈るのは、令嬢たちからのデートのお誘いだ。
女性から直接誘うことははしたないとされているため、遠まわしに想いを伝えるのだ。この手袋をつけてわたくしをエスコートしてくださいね、と。
当然、その意味であっているかをエリザベスに問うのはマナー違反である。あるが、思わず確認したくなるのは仕方がない。
こほんと咳払いでごまかし、オレはエリザベスを見た。
エリザベスはわずかに頬を赤らめてはにかんでいる――あ、これ、オレの想像どおりに受けとっていいってことだ。
「エリザベス……」
「はい、ヴィンセント殿下」
呼べばすぐに答えてくれるエリザベス。
シャンデリアの点る天井を見上げ、細く深呼吸をする。
予想外の幸福に心がついていかない。
つまりオレたちは、パーティでもプライベートでもいっしょにいたいと想い合っているということではないか。
冬至祭。それは一年でもっとも長い夜をこえ、春に向かうことを喜ぶ祝いの日である。
オレとエリザベスの春ももうすぐそこに違いない。
***
冬至祭から、しばらくして。
ラファエルはユリシー嬢に首輪を贈ったようだ――とハロルドから聞き、アバカロフ家の情報収集能力に感嘆すると同時に、ドン引きしたのだが。
その次に会ったラファエルからユリシー嬢の恐慌を嬉々として聞かされた挙句、
「君も素敵な首飾りを贈ったんだってね♡」
と仲間感を出されて、遠い目になったオレであった。






