エピローグ.レオハルトの帰国(前編)
レオハルトとラースとヴィンセントがまとめてエリザベスに癒されるだけのお話(◡ ω ◡)b
大時計の針が正午を指す。祝福をそそぐように聖堂の鐘がリンゴンリンゴンと鳴り響いた。オレは一時間前からそわそわとしつづけていた精神に喝を入れ、背筋をのばす。
同時に、応接間の扉がひらき、侍女たちに案内されてエリザベスが入室する。
「ごきげんよう、ヴィンセント殿下、レオハルト様」
「会えて嬉しいよ、エリザベス」
「ぼくもです、エリザベス様」
優雅に膝を折るエリザベスの呼んだ名は二つ。
そしてオレの言葉に応えるように挨拶を重ねてきたのは、レオハルト。おまけにエリザベスの背後からラースがひょっこりと顔を出す。
エリザベスがハロルドにも会釈しているうちにオレはラースを羽交い絞めにするとエリザベスからひきはがした。
今日はひと月ぶりのエリザベスとの逢瀬である。オリオン王国から戻り、あれこれと事後処理をしているうちに手間をとられたが、また以前のように王宮を尋ねてくれないか……と決死の覚悟で告げた誘いにエリザベスはすぐに諾をくれた。
これまでは芝居の練習を隠すための建前であったけれども、マリウス殿とリーシャ嬢の仲をとりもったいまではその必要はない。これで名実ともに王宮デートができる……!!
――そんな喜びは、早々に打ち砕かれた。
当たり前のような顔でオレにくっついてくるレオハルト、当たり前のような顔でエリザベスにくっついてくるラース。隣国の王子と聖竜とあっては衛兵に追いだせと命令するわけにもいかない。
結果、お邪魔虫×二匹込みでのデートとなる。
内心で滂沱の涙を流しているオレをさしおいてレオハルトはさっさとエリザベスの正面へ立ち、世間話を始めた。
すぐにラースもオレの腕から抜けだし、床へ着地する。そのまま、ととと、と軽やかな足どりでエリザベスの足元へ近寄ったラースは、ふくらんだスカートの裾に額をすりつけた。そして、
「にゃ~~~ん」
尖った嘴から牙をのぞかせつつ出てきた鳴き声は、まるでネコのよう。
……お前、前の女子ウケ狙いまくった「きゅあぁっ」とかいう鳴き声はどうしたんだ。
ぽかんと口をあけたオレの目の前でラースは床に寝そべって腹を見せると、ゴロゴロゴロゴロ……と喉を鳴らす。
「お待ちください、ラース様。いまレオハルト様とお話をしておりますので……」
困ったように言いつつエリザベスはラースにむかって手をのばす。ラースは立ちあがると首をのばし、さしだされた手のひらに頭を押しつけた。レオハルトと談笑しつつラースの角の裏を掻いてやるエリザベス。
待て、なんだその手慣れた感じの撫でられ方は……このひと月で、いったいなにがあったんだ。まさかオレは凄まじい後れをとっているのか?
ラースは「にゃ~~~ん」と「ゴロゴロ……」を交互に発しつつエリザベスに媚びを売りまくる。
ラースをネコだと言い張ったのは邪竜召喚が芝居であることを押しとおすためだったが。本当にネコになるとは……エリザベスのこの、飴だけで周囲の人間がスキルを獲得していく徳性はなんなんだろうな。
呆然と見ているしかできないオレの前で、レオハルトがエリザベスの手をとろうとし、ラースに「シャーッ」と威嚇された。
「エリザベス様、ぼくはしばらくこの国で暮らそうかと思うのです。あなたのそばでは学ぶことも多い。リーシャが自信を手に入れたように――」
「そうです、リーシャ様! わたくしもお手紙をいただいたのです」
隙あらば好感度をあげようとするレオハルトの企みには気づかず、エリザベスはぱぁっと顔を輝かせた。
「マリウス様とリーシャ様がご婚約なさったそうですね。おめでとうございます。レオハルト様が帰国されるのにあわせて婚約披露の儀をなさるとか」
エリザベスの言葉に、ビシ、と音が聞こえるほどにレオハルトが硬直する。
そうか、エリザベスのところにもリーシャ嬢から報せがきていたのか。世話になった隣国の公爵家、おまけにゆくゆくは王妃同士の付き合いもせねばならぬから詳細を伝えるのは当然だ。
ちなみに本当のことをいえば「レオハルトの帰国にあわせて婚約披露の儀をする」のではなく「出席を嫌がったレオハルトが留学を名目に隣国に家出中で婚約披露の儀ができない」のであり、よってこの話題はレオハルトの地雷だったりする。
どうしても帰りたくないらしいレオハルトはすでに我が国の王立アカデミアで二回生への進学を希望しており、国王夫妻の頭を悩ませているようだ。
盗み見ればレオハルトの視線は宙をさまよい、笑顔はひきつっていた。最強の天然防御を展開したエリザベスは不思議そうに首をかしげている。
あれだけマリウス殿とリーシャ嬢をくっつけるために尽力したレオハルトが、まさか二人を祝福できないなんて思ってもみない顔。
あーあ、生半可な気持ちで手を出すから。オレが全力で行って何度も撃退されてきたエリザベスだ、火遊びなどできる相手じゃない。エリザベスの防御は最大の攻撃である。
ラースも胡乱な視線でレオハルトを見上げていた。うん、お前も天然防御で撃墜された過去を持つものな。守護竜という立場は、エリザベス命で生きていくならなかなかいい判断だとオレも思うぞ。
「もちろんオレとエリザベスも出席させてもらう」
ほうっておくとらちがあかないのでエリザベスとレオハルトのあいだに割って入る。レオハルトはちらりとオレを見た。それから、エリザベスを。
そして――覚悟を決めたのか。
「エリザベス様。……エリザベス様も知ってのとおり、ぼくは性格が悪いのです。兄様や、ほかの人たちの前では完璧を演じていますが……それは本当のぼくではないのです」
妙に真剣な顔で、独白を始めた。






