完.幸せにします
門出を祝福するかのように、晩秋の空は晴れわたっていた。
雲一つない、どこまでも高いすみきった空……まるでオレとエリザベスの前途のような……いまのオレはふわふわと空を飛ぶような心地だ。
そんなことを考えるうちに、空ではなく舗装された道を走っていた馬車はすぐに目的地へ到着した。
ラ・モンリーヴル公爵邸――エリザベスの実家である。
ハロルドにうながされて正面玄関の前に降りたつ。そこにはすでにエリザベスが侍女とともに待っていた。
「ようこそお越しくださいました、ヴィンセント殿下」
口調は丁寧だが、浮かぶ笑顔はいつものやさしげなもの。
こちらへ、とエリザベスが示すのにあわせて、内側から扉がひらいた。公爵邸の堂々たるたたずまいが披露される。吹き抜けの天井は先ほど見上げた青空のように高かった。
客を迎える玄関ホールには、どことなく緊張した顔つきの公爵殿、公爵夫人、そしてエリザベスの二人の兄が並んで待っていた。
領地経営に出ていたはずの兄君まで呼び寄せるとは、公爵殿も本気だということだ……手のひらにじわりと汗が浮かぶのを握りしめて隠す。
「手厚い出迎えに感謝します」
「いいえ、殿下をお招きできるとあらば、これに勝るよろこびはありません」
「こちらは手土産です。王宮パティシエが腕によりをかけた菓子で――」
そこまで言って、オレはハッと気づいた。
公爵邸への土産に選んだのは、菓子の詰め合わせ。ケーキ、マカロン、クッキー、チョコレートトリュフ、その他エリザベスが王宮へ来たときに口にしてよろこんだ菓子の数々だ。エリザベスの家へ行くと言ったら料理人たちも大はりきりでつくってくれた。
そう……つまりこれは、エリザベスへの貢ぎ物なのである。
ラ・モンリーヴル公爵家の皆々様へ、ではなくて。
菓子箱を運ばせていたハロルドが怪訝な顔でオレを見る。
「殿下、わざとこれを選ばれたのかと思ったのですが、まさか素ですか」
「……素だ」
「左様でしたか……」
小さな声で交わした会話は、それでもばっちりと周囲に聞こえているだろう。
エリザベスは頬を赤くしてうつむいている。好物の菓子が嬉しい反面、オレの失態とその原因を察して照れているらしい。
別に悪いことではない。ないのだが。
本日の訪問の目的は、エリザベスの婚約者としてあらためて挨拶がしたい、というものだ。
ラースが現れた日の朝、心の中で誓ったことを実行に移したのである。
しかしご家族の皆様にとご挨拶にきたのに、手土産が家族に宛てたものではなく恋人の好物って、なんかもう「娘さんが好きで好きで仕方がないんです」感がすごすぎて引くレベルなんじゃないだろうか。
もちろん本気で娘さんが好きで好きで仕方がないんだが。
「本日はお日柄もよく……」
「殿下、あちらに飲み物を用意してございますので、どうぞ」
思わずよくわからない台詞が口から飛びだしたところへ、公爵殿もかぶせてきた。
互いに「あっ」という顔をして見つめあう。公爵殿がオレが本題に入りかけたことを察して遠慮している。しかしテンパッて口走ってしまったが玄関先で言う話ではない。部屋をあらためるのが正しいだろう。
というか。
エリザベスが王家へ嫁ぐことは九年前から決まっていたろうに、なんでこんなに緊張してるんだ……。
表面上はなんともなさそうな顔をとりつくろいながら、オレと公爵殿は同じことを悩んでいたに違いなかった。
なんとか仕切りなおし、応接室で家族全員と対面、兄たちの近況などを聞いたオレは、気合を入れて背筋をのばした。
椅子と飲み物がやや離れたところに置かれ室内が立食パーティのようなレイアウトになっていたのはオレが腰かけることがないとわかっていたからでもあろう。
エリザベスの隣に立つ公爵殿を真正面から見つめる。義父になる人だ。
その背後には公爵夫人、兄たち。
エリザベスは凛としたたたずまいを崩さないものの、頬は紅潮し、唇は少しだけ緊張をあらわしてひき結ばれていた。
紫色の瞳と視線があう。
まっすぐな目がオレに自信を与えた。大丈夫だ、オレはもう、ベッドで泣いていた子どもじゃない。
ならば言うべきことはこれしかない。
「エリザベス嬢を――御令嬢を、必ずやしあわせにします。ですからどうぞご安心ください」
すでに両親によって国は安定し、国力は豊かになりつつあるとはいえ。
それに驕らず、より一層努力すると誓おう。
公爵殿はわずかに頬を紅潮させ、夫人はその斜め後ろでうっすらと目に涙を浮かべている。
わかる、天使が自分の手から離れていってしまうなんて、諸手をあげてよろこべるわけがない。もしオレとエリザベスのあいだに女の子が生まれたとして……あ、もうこの時点で泣きそう。
ぐっと唇をひきしめたオレにむかって、公爵殿は何度もうなずきを返した。
「幼いころ、いつもエリザベスから殿下のお手紙を自慢されておりました。殿下が娘を慈しみ想ってくださってることは、よく存じあげておりました」
あ、この目、「最近までまったく相手にしてなくて本当に申し訳ありません……」という謝罪と憐憫と色々混ざった複雑な視線だ。心に刺さる。
公爵殿はちらりとエリザベスを見た。エリザベスもまた恥ずかしそうにほんのりと頬を赤くしながら、けれども心からとわかる笑顔を浮かべている。
公爵殿がほっと小さな息をはいた。
ふと気づいた。
もしかしたら、オレが長年告白できなかったせいで、エリザベスが自分の気持ちに気づいていなかったせいで。
公爵殿や夫人もまた、気を揉んでいたのかもしれない。
ほがらかな、吹っ切れたような――エリザベスに似た笑顔で、公爵殿はあのときと同じ台詞を告げた。
「こちらこそ、エリザベスをよろしくお願いいたします」
感極まったのか、公爵夫人は目頭をハンカチで押さえている。
そんな二人に、そしてオレに向かって、エリザベスはやさしくほほえみかけた。
「殿下のおそばにいられるのでしたら、わたくしはそれだけで幸せですわ」
「ぼくもだよ、エリザベス」
前途洋々たる若い二人を、窓から差しこんだ陽光が照らしている。キラキラと輝く空気は未来への希望そのもの。
もういい雰囲気すぎるから明日結婚式挙げられないかな……と沸いた考えを頭の片隅に押しこめて、オレはエリザベスと手をとりあった。
第二部もお付き合いくださりありがとうございました~!
また番外編もちょこちょこ書いていけたらと思います。
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