33.義両親は認めない
レオハルトの持ちこんだ事件に巻きこまれてから、半月。
マリウス殿とリーシャ嬢は正式に婚約を発表した。黒髪の聖女、しかも男爵令嬢。『乙星』の第二巻が浸透していたオリオン王国で、国民からリーシャ嬢への支持は絶大だったという。
心配されていたレオハルト派の貴族たちも、マリウス派急先鋒のアクトーが突如失脚してしまったことへの警戒と、聖女のイメージアップ効果で、表だった反発は起きていないらしい。もう猫をかぶる必要のなくなったレオハルトが本性を剥き出しにしたのでは……と不安になったが、隣国のことだ。内政不干渉にしておこう。
市井では、マリウス殿に反旗を翻そうとした貴族が邪竜を呼んだだの、リーシャ嬢が聖なる力で祓い清めてマリウス殿の『呪い』を解いただの、まことしやかな噂が流れているそうだ。マリウス殿は光の聖女の加護を受けたのだからこの国は安泰だとも言われているらしい。
まぁあの二人の国政ならおかしな方向へはいくまいから、国民たちの期待は現実のものとなるだろう。
それはいい。
「――で、なんでお前がここにいるんだ」
なぜかふたたび目の前に姿を現したレオハルトへ、オレは冷たい視線を向けた。
夕食の席に呼ばれ食堂へ来てみれば、父上と母上の隣にオリオン王国で別れたはずのレオハルトが、侍従長だけを従えて立っていたのである。
レオハルトは無邪気なつくり笑いを浮かべてにこにこと首をかしげている。
「やだなぁ、留学は一年間の予定だったろ? 急に生徒が二人も減っては王立アカデミアの予定も狂うだろうから……」
「素直に『花嫁修行が始まって王宮に泊まりこんでいるリーシャ嬢とマリウス殿がラブラブなのを見るのがつらい』と言え」
指摘すれば、一瞬レオハルトの目は虚ろに宙をさまよった。蒼眸から完全に光が抜け落ちて底の見えない闇になる。
「そんな言い方をするでない、ヴィンセント」
「そうです。国のために人知れず活躍した王子を思いやろうという気持ちはないのですか」
それを言うなら、オレは隣国のために人知れず活躍した自国の王太子なのですが……。
レオハルトの『手土産』に買収された父上と母上は我儘をすっかり呑んでしまった。ちなみに『手土産』は、ラースに命令を下すエリザベスの姿を描いた絵画である。ラースは巨大化しつつも聖竜としてえがかれ、エリザベスはさながら天の御使いのごとき神々しい光に包まれていた。悔しいが傑作だ。
おまけにその絵画には、「エリたんの雄姿を見たかったのに連れていってくれなかった……」と拗ねまくった両親をなだめる効果もあった。隣国の許可を得ず王太子やその側近が入りこむだけでもギリギリアウトよりのグレーなのに国王と王妃を連れていけるわけないだろ、と言ってはいけない。
そういう理屈を理解したうえでの恨み言なのである。
オレだって、エリザベスの晴れ舞台においていかれたらたぶん十年は恨みを呟きつづける。
「それにしてもエリザベス様はすばらしいお方ですね。兄上様のように美しく、兄上様のようにやさしく、兄上様のようにわけへだてなく、兄上様のように純真で……」
虚ろな目から復活したレオハルトはほうっとため息をついた。
「それ以上兄か否かの美的センスでエリザベスを褒めるな」
「君はいいよな、エリザベス様と結婚できるのだから」
「そうじゃな……あまり贅沢を言うでない」
「恵まれた者は知らずのうちに驕るといいますから、我が身を常にふりかえるのですよ」
グラスに入ったブドウジュースを掲げながらレオハルトがため息をつくのに、またもや二人が賛同する。父上、母上、エリザベスと結婚したいんですか?
というか、この流れだと、レオハルトがエリザベスと結婚したいように聞こえるのだが。
オレはだんだんと居場所がなくなっていく予感にとらわれた。とにもかくにもこの三人、モンペ気質が似通いすぎている。
ふと、半年も前に見た夢を思い出す。
父上から婚約破棄を宣告され、エリザベスを奪われる夢。一時はまさかレオハルトが新しい婚約者候補ではないかと疑い、戦々恐々としたものだが。
まさか……。
つう、と背筋を冷たい汗が伝う。
それとは反対に、レオハルトはあふれるばかりの笑顔を父上に向けた。
「どうでしょうか、婿入りもやぶさかではありませんよ。このぼくにエリザベス様を――」
「本気でエリザベス嬢を狙うなら即刻この国から出ていってもらう」
瞬間、父上の鋭い視線がレオハルトの笑顔を凍りつかせた。
すごい、あの鉄面皮が、はためにもわかるほどひきつっている。細められた目の奥には、本物の殺気と見間違えそうなほどの重たい闇が宿っている。
さすがに実の子は大切にしてくれるか――。
「エリザベス嬢とヴィンセントが結婚せねば、わしらの孫が生まれんからな」
あ、そうですよね。
母上も隣でうなずいている。素直に受けとれば「ワイズワース家の血統に連なる跡継ぎが欲しい」という意味だが、そうではないことは察せられた。
だんだんオレの存在意義ってなんなんだろう? という気持ちになってきた。よし、考えても仕方がないので切り替えていこう。
表面上は何事もなかったかのようにレオハルトは食事を再開した。しかしまだ父上の眼光の効果は残っているらしく、口数は少ない。
おそらく心の中では、「この人たちの息子になるのは無理だな」と思っているに違いない。
まだまだ修行が足りないな。






