32.一件落着
「ぼくが、何か? アクトー卿」
「……い、いえ……」
レオハルトが前に進みでると、アクトーは目を伏せて言葉を濁した。さすがにこの状況でレオハルトをあげつらうのが愚行だというのはわかるのだろう。
代わりにラースを指さすと、エリザベスを睨みつけながら大袈裟なくらいに眉をつりあげた。
「なんと、これはドラゴンではありませぬか! こんな危険なものをいったい誰が――」
「アクトー殿」
「アクトー侯爵」
「アクトー様」
なにエリザベスにガン飛ばしてくれてんだあぁん? の勢いで前へ出ようとしたオレを押しとめるハロルドを制してエリザベスが一歩進み出た。
にこりと微笑むエリザベス。
天使の笑顔にアクトーは一瞬、毒気を抜かれた顔つきになる。
そこに、たたみかけるように堂々と。アドリブかつ想定外の台詞を、エリザベスは言いはなった。
「これは、我が家のネコですわ」
「ぬ、にゅきゅーん」
「ネ、ネコだと……!?」
エリザベスの無茶振りっぷりにビビるが、ラースはそれ以上だったに違いない。口をひんまがらせてものすごーく苦しそうにネコの鳴き真似をした。
契約を結んだ以上は主人の命令は絶対。エリザベスが白と言うならカラスも白、お前はネコと言うならネコにならねばならない。ご褒美……いや、哀れ、ラースよ。
「そうです。ご覧ください。喉を撫でると気持ちよさそうにゴロゴロ言うのです」
「グ……グォロロロロロロ」
待って。待ってエリザベス。ゴロゴロ言うために気合入れてるラースの目がチカチカ光っちゃってる。
あまりにもまぶしすぎるまっすぐな信頼に応えようとするラースが不憫で、あとエリザベスに触れられているのが許せなくて、オレはハロルドをふりかえった。
こういうときのための準備はしてあるのだ。
「ハロルド」
「はい。オリオン王国侯爵、フォルゲイツ・アクトー様。お初にお目にかかります。……ハロルド・アバカロフと申します」
「……アバカロフ……?」
ハロルドの姓を聞いたアクトーは訝しげな顔つきになった。……それから徐々に、おそらくはゆっくりと脳が状況を理解したのだろう、顔が青ざめていく。
その目を正面から見据え、ハロルドがうなずく。
「そうです。身内がお世話になりました。……あなたに近づいたのは私の姉上なのですが。伝言がございます」
あくまで優雅に、一礼をして。
顔をあげたハロルドは、氷の視線でアクトーを貫いた。
「アバカロフ家がワイズワース王家に真実の忠誠を誓っていることくらい、調べてわかれ?? アアン??? だそうでございます」
「な――」
アクトーがびしりと固まる。一緒になってオレも固まった。ハロルドの姉には何度かあったことがあるが、人当たりのよい柔らかい印象の貴婦人だったのだ。人間不信になりそう。
それはアクトーも同じだったようで、手がぷるぷると震えている。やがてそれは全身に広がり、顔からは血の気が失せていく。なんせ、ハロルドとその姉は銀の髪も濃灰の瞳も顔立ちもそっくりだ。二人が姉弟だというのはわかりすぎるほどわかる。
ハロルドはすでにアクトーには目もくれず、国王に向かって一束の書類を手渡した。
「こちらが、アクトー侯爵がレオハルト様の従者たちに送った暗殺指令の手紙、そしてこちらがアバカロフ家へと漏洩したオリオン王国領地の情報です。封書の中は見ておりませんので、ご安心を」
「ろっ、漏洩!? アバカロフ家が匿ってほしいというから……!! だから、私は、土地をみつくろって!!」
「ついでにぼくの手の者に調べさせまして、こやつが凝魔晶の横流しをしていることも調べがついております」
「!!!」
ハロルドに続き、たたみかけるようにレオハルトが言う。
「鉱脈を発見したのが領地内だったからといって、着服してよいことにはならぬ。なぁ、アクトーよ? ぼくと国の財産を私物化したそなたと、どちらが兄上様にふさわしくないのか、よーく考えてごらん……?」
「待て、そういう話はぼくたちが帰ったあとにしてくれ」
ずごごごごごごご、と地響きの鳴りそうな暗黒のオーラをまといながらアクトーへと近づいていくレオハルトの首根っこをつかみ、オレは国王夫妻を見た。
国王夫妻は先ほどよりも困った顔になっていたが、それでも一応気力をたもってくれた。
「衛兵! アクトー侯爵を控えの間へ。不審な動きがないか見張れ」
「はっ!!」
思わぬ展開に緊張を顔に張りつけた衛兵たちが走ってくる。
武器を持った相手にアクトーは悔しげに唇を噛みしめ――と思えば、分厚い唇が、にたりと歪んだ笑みをつくった。
「!?」
「ククク……こうなってはもはや……私の真の力を解放せねばなるまい……!!!」
アクトーが服の裾から何かを取りだした。
それは、オレたちが送ったラースの鱗の一部と、複数の凝魔晶だった。ひとまとめに握りしめるとアクトーは怪しげな呪文を唱えはじめる。
アクトーの足下にどこかで見た魔法陣が出現した――まじか。
「悪の化身よ! いまここに顕現し賜え――!!」
邪竜の鱗から瘴気が噴きあがり、魔法陣と反応する。凝魔晶を取りこんだ鱗は震えながら形を変え、アクトーに絡みついた。
「ふふふ……!! 本物の邪竜の召喚だ……!! そこにいるチンケな偽物とは違ってな!!」
「きゅお?」
瘴気に蝕まれながら邪悪な笑みを浮かべるアクトー。首をかしげるラース。
そうか、ラースが聖竜化してからやってきたうえにネコだと言われたから、その鱗の持ち主がラースだとわかっていないのか。
目の前で人の形を失っていくアクトー。兵士たちが武器を掲げ攻撃しようとするのを、オレは手をあげて制した。
その必要はない。
「……やれ、聖竜ラース」
「きゅおっ」
「私も助太刀いたしますっ!! 国を守るのは、聖女の役目っ!」
馬鹿にされたことはわかったらしいラースが尻尾をぴんと立てる。
リーシャ嬢ももはや怯えることなくアクトーへと立ち向かう――。
***
結論から言おう。
当然のごとく、瞬殺であった。
冷静に考えて、ポッと出の新米邪竜VS聖女&聖竜のタッグでは力量が違いすぎた。
いや一つリーシャ嬢の名誉のために付け加えておくと、アクトーは死にはしなかった。むしろ邪竜への変化途中に聖なる光を浴びたことにより、瘴気はきちんと浄化され、人の姿に戻ることができた。
それがどれほど幸せなことか、兵隊に引きたてられていったアクトーは一生気づくまいが……。
後継者とその伴侶を同時に得、内患は潰した。これで本当の一件落着だ。
レオハルトを見れば、よりそうマリウス殿とリーシャ嬢を笑顔で見つめている。だが同じような二面性を持つオレには、それがつくられた笑顔だというのがよくよくわかった。
いままでマリウス殿の隣に並ぶのは弟であるレオハルトだった。しかし今後その立場は王太子妃になるだろうリーシャ嬢に譲られる。
自ら引き金を引いたとはいえ、複雑なのだろう。
オレだってそのほうがエリザベスの幸せになると思えば身をひくことくらいはできるが……いやできるかな。
その点だけは天晴なり、レオハルト……。
と、ちょっとレオハルトを見直していたオレに、寄ってきたハロルドがそっと囁いた。
「アクトー侯爵の領地内に視察へ行き、凝魔晶の鉱脈を発見したのは、レオハルト様だそうですよ」
「……」
やっぱりサイコパスだな??
アクトー、何重にも嵌められてるじゃん。
「さて、ラース様。戻りましょう」
エリザベスにうながされ、ラースはハロルドの持つバスケットへと収まった。中でうまいこと反転して頭を出す仕草は本物のネコのよう。
「神殿でも建ててやるから聖竜として祀られてくれないかなぁ……」
ぼそりと呟くと、バスケットの中のラースがシャーッと威嚇音を立てた。






