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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう  作者: 杓子ねこ
ベタ惚れの婚約者が【また】悪役令嬢にされそうなので
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28.リーシャの帰還【マリウス視点】

 マリウスはうなった。

 

 よい。何度読んでもよい。何度読んでも王太子に感情移入してしまう。……『乙星』のことである。

 いまやすっかり彼も、愛読書を略称で呼ぶ人間になってしまった。

 

 アクトー侯爵に『乙星』第二巻を渡され、第一巻の内容を思いかえそうと律儀に読み返したのがよかったのか悪かったのか。

 なんとなく自分と近しいところがあると感じていた『王太子』に、しかし自分とは違う存在だと敬遠していた『王太子』に、今度は見事にハマったのだ。

 

 王太子としての地位に甘え我儘を押し通していた彼は、ヒロインに出会って真実の愛を知り、己を変えようと努力する。そして実際に爵位に縛られた悪しき風習を駆逐し、貴族界に新たな風を吹きこませた。

 恋を知らなかったマリウスはこれをただの綺麗事だと断じた。しかし恋を知ったいまでは、リーシャのためにこうありたいと願うようになった。

 

 小説を読んだだけくりかえし訪れるハッピーエンド。それは、リーシャが遠く離れてしまったことで暗澹としていた心を少しずつ慰めていった。

 どっちつかずはいけない。

 王座にすわると決めたのならば、ふさわしい努力をしなければ。

 

 社交界へ足を運んだ。

 貴族たちと言葉を交わした。彼にとっては人の名を呼んで挨拶するだけでも重大な負荷であった。しかしリーシャならこうするだろうと、笑顔を浮かべて会話をつむいだ。

 心が折れそうになったときにはリーシャの笑顔を思い出した。そうすれば自然と口元はほころんだ。

 

 マリウスをとりまく評価は徐々に変わっていた。

 

 アクトーはいまだにレオハルトの謀叛を訴え、その一方で自らの娘をマリウスの妃にと国王に働きかけていた。

 マリウスにはむしろ彼こそ王家を分断し混乱させる要因に見えた。

 

 

 ――けれど。

 

「マリウスよ。おぬし、心に決めた者がおるのではないか? レオハルトがそう言っておったぞ」

「父上……それは」

 

 あくまでやさしく、けれども国王たる威厳をもって、父王はマリウスに問うた。その隣では母も心配げな視線を向けている。

 真剣な空気を察してメイドたちは壁際へと下がっていった。玉座の据えられた広間は、ハレの日には朗々たる王の声を響かせるけれども、そうでなければ密談を可能にする。

 

「おぬしはなかなか我を通すことができぬからの。無理強いすることもないと思っておったが、もうすぐ二十の区切りだ。伴侶を得ねば……」

 

 先にレオハルトのほうが婚約を結ぶことにでもなれば、国民の支持はいっきにそちらへ傾くだろう。もちろんレオハルトは兄を押しのけるような真似はしまい。……それ以前の問題として、いま惚れている相手は隣国の王太子の婚約者のようであるし。

 しかしそういった方便でアクトー侯爵が娘を王妃の座に押し入れようとしているのはたしかだ。

 

 そこまで理解しているのに、リーシャの名を答えることができない。

 

「父上、私は……」

 

 乾いた唇が震える。マリウスの脳裏に出会った日のリーシャがよみがえった。笑って名を呼んでくれたリーシャ。どうしていまの自分にその名を呼びかえすだけの勇気が出ないのか。

 締めあげられたようにひきつる喉をふりしぼり、マリウスはかすれ声をあげた。

 

「リーシャ……リーシャを」

 

 まさにそのときだった。

 召使いが、レオハルトとリーシャの突然の帰還を告げたのは。

 

「はい、マリウス様……!!」

 

 ありえないはずの声が呼びかけに応えた。

 顔をあげれば、そこにいたのはリーシャだった。

 

 しかもなぜかその隣には、二人の従者を従えた『隣国の王太子の婚約者』が――金の髪に紫の瞳を持つ、小説の中の《悪役令嬢》がいた。

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第一話はこちらから
ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなので。表紙画像


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ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう。表紙画像
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