27.奥義・必殺技!
レオハルトが三階から落っこちてから四か月あまり、リーシャ嬢の聖なる壁はついに完成を迎えた。ラファエルがめずらしく真剣な顔で隅から隅まで【壁】を検分したのち、
「これならすべての属性の魔法を吸収することができるでしょう」
と太鼓判を押したのだ。そのころには魔法の範囲は広がって、壁はドーム状の半球体となっていた。
その内側に入ればいかなる魔法も効かぬ、文字どおり鉄壁の守り。
「あっ、ありがとうございます! 皆様のおかげです!」
「おめでとうございます、リーシャ様!」
認められたことでぱぁっと顔を輝かせるリーシャ嬢。エリザベスも駆けよって喜んでいる。手を握って、笑顔で……。
いいなぁ、という顔で見ていたらいつもの氷の視線が突き刺さった。ハロルドだ。リーシャ嬢がエリザベスの家に泊まりこんでいると知ってしまったマーガレット嬢から会うたびに百倍に薄めた嫉妬と羨ましさを混ぜあわせた愚痴を聞かされているという。あとなんかオレも恨まれているらしい。身に覚えがない。
何はともあれ、これで修行は終わり……と息をつきかけたリーシャ嬢に。
「では次は攻撃魔法に移りましょう」
それはもうあっさりとラファエルが告げる。
エリザベスとリーシャ嬢がきょとんとした顔つきで同時にこちらを振り返った。
「……攻撃魔法、ですか?」
「はい、ボクが開発したリーシャ様オリジナルの攻撃魔法です。といっても、邪悪なものにしか効きません。おまじないみたいなものですよ。聖女と呼ばれるならば守りだけでなく破魔の力も身につけなければ」
すました顔で説明するラファエル。本当のことをいえばオリオン王国の『聖女』とやらの資格が何なのかはレオハルトもよくは知らず、オレたちの用意したシナリオに必要なだけなのだが。
ラファエルは片手をかざすとそこにリーシャ嬢と同じような光の壁をつくりだした。
「リーシャ様はすでに【聖なる壁】を具現化できていますから、今回は早いはずです」
「はい……!」
「【壁】を【矢】に変えるだけです。簡単でしょう?」
「はい!!」
語るラファエルの手のひらで、光の壁はいくつかの列にわかれて切っ先鋭く変化する。そしてひらりと手を振ったのと同時に放たれ、近くの茂みへと落下した。
ラファエルの言うとおり植物へのダメージはない。それどころか、矢を浴びた草木は周囲よりも生き生きとしている。
なるほど、魔力を聖属性として放つと生命エネルギーに還元されるわけだ。……と、納得したが、これ【聖なる壁】と同じく高等魔法だろ。
リーシャ嬢は元気よく返事をしたものの、簡単なわけがない――と思いきや。
「まずは……【壁】っ! それから、えーっと、【矢】になーれ!!」
ラファエルよりも大袈裟な身振りで、リーシャ嬢は両手を広げると【壁】をつくった。
ついで、とんでもなく軽いノリの掛け声とともに手を振る。
光の壁が、小さな欠片に砕けて散った。
先ほどラファエルがやって見せたのと同じことだ。ただしその数は何十倍にもなる。
「えいっ!!」
またもや気の抜けるような掛け声でリーシャ嬢は開いた手を拳に握った。
周囲に浮かんだ光の粒がさっと集まり矢じりとなる。それらはまっすぐに空を目指して飛びあがると弧をえがいて四方へ散った。
光の矢は小さな雷となってあたりを白ませながら落ちてゆく。彼女の魔力を浴びた植物はやはり生き生きと輝いた。それもまたラファエルの見せたものより大きな効果だ。
「すばらしいですわリーシャ様! 扱う魔力が大きくなればなるほど制御が難しいと本で読みました。リーシャ様の努力が花開いたのですね」
エリザベスが手を叩いて称賛を贈る。そして――そう、そのとおりなのだ。
大量の魔力を無詠唱でいっきに加工、放出。そんなことはオレにもできないことで。リーシャ嬢の実力をもってすれば、それこそ母上のようにラースの首根っこつかむことも可能になる。
「エリザベス様、ありがとうございますっ! エリザベス様が励ましてくださったからですわ」
手に手をとりあって喜んでいる二人の前で、オレとレオハルトは無言で顔を見合わせた。レオハルトの顔にもでっかく「想定外でした」って書いてあるな。
その真ん中にラファエルが入ってこようとして、「不敬です」とハロルドに首根っこつかまれていた。一応オレたち王族だしな。
一歩下がったところでごほごほと咳ばらいをしてからラファエルがうなずく。
「こういうタイプには考えさせるより感じさせたほうがいいんです。あと【聖なる壁】の時点で聖属性が加わっていますから完全に無詠唱というわけではありませんよ」
なるほど、【壁】を経由せずに【矢】にはできないということか。
「さーて、必殺技には叫ぶための名が必要です♡ ボクのとっておきの命名をさしあげましょう」
どこから出したのかラファエルは細長い筒を持っていた。そこからしゅるしゅると金銀のリボンをあしらった垂れ幕が引きだされていく――。
「私の愛は矢のように貴方に降りそそぐ、……いかがでしょう?」
「まぁ、なんてロマンチック……!」
垂れ幕に書かれた文字と発音されたネーミングで、だいぶニュアンスが……違う気がするが、当の使い手が違和感ないみたいなのでよしとしょう。エリザベスも笑顔だし。
「必殺技は叫ぶ際に口にしやすいものがよいとマーガレットも言っていました」
「そうなのか……」
マーガレット嬢、必殺技を身につけたのか。
彼女の華麗なるまわし蹴りはいまもなおオレの脳裏に焼きついているが、それを言うとハロルドのお叱りを受けそうなので黙る。
「ブリック・ザ・ライト! ラブ・イズ・アロー! ラブ・イズ・アロー!」
リーシャ嬢は壁をつくっては矢に再構成し、バンバン撃ちまくっている。この調子だと我が王宮の庭は一角だけ花が咲き乱れることになりそうだ。
そこから少し離れた場所でラファエルは今度はラースを検分し、「こっちもオッケーだね☆」とウィンクして見せた。何をされたのかラースはげっそりと肩を落としている。
エリザベスは両腕で大きく丸をつくっている。
なにはともあれ、リーシャ嬢の魔法は完成され、ラースもエリザベスも準備は整った。
レオハルトに気持ちよくお帰りいただくため、計画を実行するとしよう。






