24.計画は順調だ
エリザベスとリーシャ嬢を公爵邸に送り届け(、ラファエルを一人で帰らせ)、王宮に戻ると、ハロルドとレオハルト……それにゆかいな仲間たちが待っていた。
二人は修行には参加せず、ノーデン家を訪問したのだ。
用件は以前にあずけた裏切者たちの現状確認である。で、縛られもせずにここにいるということは、彼らは首尾よく我々の仲間となったということだ。
「おぉ、慈悲深い王太子殿下! このたびは私共の目をひらいていただきありがとうございました……!!」
「自分が何をしようとしていたのか、本当の意味で理解できた心持ちです」
「私共は、国を想う気持ちはあったのですが、そのやり方が間違っておりました」
「気づくことができたのは寛大で慈悲深いレオハルト殿下と貴方様のおかげです」
オレの顔を見た途端に芝居がかった身振りで床にひれ伏す彼ら。
うむ、洗脳の効果は十二分に発揮されているな。さすがはノーデン家、ものの一か月で暑苦しさと忠誠心を叩きこんでくれたようだ。人は朱に交われば赤くなり、類は友を呼び、お友達は選ぶべきなのである。
彼らのあがりまくっている気勢にあわせ、オレもまた慈愛に満ちた《王太子スマイル》を返した。ちなみにオレの姿を認めたハロルドは背後へと引き下がったが、こちらは無言・無表情だ。
「レオハルト殿のそなたたちを想う心がぼくにも伝わったのだ」
「レオハルト様……!! 道を誤った私共を救ってくださった……!!」
「ぼくの王子としての能力がふがいないばかりに、そなたたちには心配をかけた」
「めっそうもございません……!!」
「なんとおやさしい……」
集中する視線の真ん中で、レオハルトもまた《王族スマイル》を浮かべる。拝む元従者たち。暗黒微笑に怯えてアクトーの名を自白ったことは記憶の彼方にすっ飛んでいったようだ。
まぁここまでされればアクトー侯爵がオリオン王国で権威を保てないのは自明だからな。簡単な算数ができる者ならレオハルトにつく。
そしてそこへノーデン家方式のていねいな暮らし(当主から使用人まで入り乱れた肉体の鍛錬、美しい物語と学問による精神修養、腹を割って語りあう研鑽の時間――などとザッカリー殿が呼ぶカリキュラム)をぶちこめば、自分の本心がわからなくなるのも仕方がない……いい意味で。
はらはらと涙すらこぼす元従者たちにやさしい声をかけながら、レオハルトはきらりと目を光らせた。
「では、本当に王家のためになることを成し遂げるために……兄上様を王とするために、そなたたちにしかできぬ役目を任せたい」
次の瞬間、野太い感激の声が王宮へと響きわたり、元従者たちはハロルドにめちゃくちゃ怒られた。
***
それからひと月ほどたったころ、『聖なる乙女は夜空に星を降らせる』の第二巻が発売された。
無理をしなくてよいと言ったのに脱稿どころか出版までがこのペースで進んだのは関係者の尽力のため……というか金にがめつい男のおかげであろう。
前作で波紋を呼んだ『オレとエリザベスそっくりの挿絵』は今作では普通以下の分量に控えられ、登場人物たちの容姿もぼかされていた。オレたちへの配慮というよりは単純に納期短縮とそこで話題性をとらなくてよいせいだと推測するが。
前作で挿絵にかけた投資金は今度は販路拡大のために使われるらしいとセレーナ嬢も手紙に書いて寄こした。
さらにあとひと月もすれば隣国まで伝播するはずだ。
計画は順調。
エリザベスとリーシャ嬢の魔法の修行も日々進んでいた。
ラファエルからは毎週末にしごかれ、平日分の宿題を出され、しかし二人とも厳しい修行のことなど微塵も感じさせない。むしろエリザベスとともに暮らすことでリーシャ嬢の言動は日増しに洗練されてゆく。
……まぁ染みついたものは消せないので時々は「がんばりますっ!(ガッツポーズ!)」みたいな仕草が出るのもご愛嬌だ。マリウス殿もそこは失ってほしくないだろうしな。
エリザベスもそのあたりは理解して、あまりうるさくは言わないようにしているそうだ。
本が出版されたことによりエリザベスには芝居の特訓がプラスされた。
もはや彼女たちのスケジュールは分刻みとなってしまっているが、エリザベスは演技力以外は完全無欠の天使なので、
「入学前に三年分の予習をしておいてようございました」
とほほえむだけ。リーシャ嬢は睡眠時間を削って根性で学問・魔法・修身の三立にかじりついているらしく、
「王妃となるならばこのくらいの激務には耐えねばならぬとレオハルト様がおっしゃられておりました……っ!! わたし、体力には自信があるのですっ!!」
とラファエルの水流弾を浴びてびしょ濡れの格好で言いきっていた。レオハルトの真意は異なるだろうがそれが彼女の励ましになるのなら黙っておこう。
リーシャ嬢を先に帰らせ、オレとエリザベスの『デート』も続いていた。
「我が呼びかけに応じ、おいでくださいませ、《燃え盛る鉄竜》!」
「きゅおおおおおおんんっ」
防音設備の完璧な二人と一匹きりの部屋で、エリザベスが両手をふりあげて叫ぶ。ラースが吼える。
かたわらのテーブルには『乙星』第二巻。ひらかれているのは主人公と邪竜の決戦シーンだ。
「エリザベス……台詞が、違うぞ」
「あらっ、本当ですわ。申し訳ありません……お相手がラース様なので、つい」
「きゅうん……」
指摘すればエリザベスは申し訳なさそうに眉を下げた。
「エリザベスは心の底から礼儀正しいからな……悪役になりきるのは難しかろう」
「いいえ、リーシャ様のため、やりきってみせますわ」
決意の表情を浮かべるエリザベスはまぶしい。どう見ても悪役ではなかった。
計画は順調だ、エリザベスがかわいすぎてまったく怖くないことを除けば……っ! そして腰砕けになったオレがまともに指導できないという問題を除けば。
計画はとても順調だった。