22.執筆依頼
エリザベスとリーシャ嬢の魔法の腕は、優秀といえる速度で上達していった。
リーシャ嬢はすでに魔力の集積を覚え、エリザベスも魔石をより長く強く光らせるようになった。
「いいなぁ、ボクもユリシーちゃんに魔法の修行させたいなぁ」
「無理だろう」
知らなかったとはいえ一級禁呪を利用した罪で、ユリシーは身元あずかりという名目の軟禁処分。ラファエルの寵愛……と言っていいのかどうか、ドSの慈しみをたっぷり受けてすごしている。
魔法などに手を出せば反省の色なしと見なされその場で重罪刑の執行――ラファエルごと、いやマーシャル侯爵家ごと吹き飛んでもおかしくない。さすがにこの男もそこまでのことはしないはずだ。
と、そこまで考えてラースが邪竜と化したもう一つの理由に思い至った。
人間以外のモノにならなければ、捕らわれた時点でより重い刑が科せられるのがわかっていたからだ。
「お前、意外といろんなこと考えてるよなぁ」
「きゅおぉ」
ラースはどことなく自慢げに尻尾をふった。
エリザベスの内在魔力が増してきたことで、以前見たときよりも鱗は黒々となめらかになり、身体も一回り大きくなったような気がする。
この『つながってる』感、腹立つな。
「お前も働いてもらうんだからな」
「ぎゅあ?」
やれやれとため息をつく。エリザベスの魔力を安定させなければならないのは、ラースのためでもあり、計画のためでもある。
さて、オレの役割といえば。
***
数か月ぶりに会ったセレーナ嬢は、相かわらず小動物のようにぷるぷるとふるえていた。
昨年の関わりでオレとハロルドはもう慣れたと思ったのだが、王宮というきらびやかな場であること、さらにエリザベスが同席していることで限界に達しているらしい。
まぁ彼女の書いた小説でエリザベスも多少の厄介をこうむったので、いくらエリザベスがやさしく思いやりがあり心穏やかで天使だとはいえ罪悪感から身がすくんでしまうのはわかる。
しかしオレとしてはこの顔合わせは必要なものだと考えているのだ。
やさしく思いやりがあり心穏やかで天使なエリザベスが、今回の計画の鍵を握るセレーナ嬢と直接の面会を望むのは確実だった。そしてやはり、オレから話を聞いたエリザベスは会いたいと言ったのだ。前もって機会を設定しておいてよかった。
「その節はまことに申し訳ありませんでした……」
土下座しそうな勢いで、しかしさすがにそれはまずいというのはわかるらしく身体を半分におりまげて平身低頭のセレーナ嬢。
そんな彼女の肩にエリザベスはやさしく手をかけ、ほほえみかける。
「誰にでも間違いはありますもの。それに今度はこちらがお願いする立場ですわ」
そう。
オレがセレーナ嬢を呼びだした理由は一つ。
『聖なる乙女は夜空に星を降らせる』続編の執筆を依頼するためである。
それも、可能なかぎり早く、という要望付きで。
「できるか?」
「は、はい、命に代えてでも」
「いやさすがにそこまで根を詰めなくていい。健康第一でやってくれ」
「はい、がんばります」
やはり小動物のように身を縮め、拳を握ってファイティングポーズをとるセレーナ嬢。彼女にとってこれは戦いの姿勢というより防御の姿勢なのだが。
「わたくしのことはお気になさらず、どうぞ思いっきり書いてくださいませ」
セレーナ嬢を倣い、小さくファイティングポーズをするエリザベス。かわいいがすぎる。セレーナ嬢も前髪で隠れた目を覆って悶えている。
「ありがとうございます……! この命に代えましても!」
「そこは、健康第一でお願いします」
「はっ、はい、そうでした」
暴走しかかるセレーナ嬢をエリザベスがなだめる。
「こちらからの依頼だということはくれぐれも内密に」
「はい、この命に代えましても口外いたしません」
ツッコミ略。
第二巻の大筋が以前聞いたとおりであることを確認する。『邪竜』を復活させた『悪役令嬢』が『星の加護』の力に目覚めた主人公と王太子に返り討ちにあう、というもの。
ここまで荒唐無稽な設定であればエリザベスをどうこう言う輩はおるまい。
そうでなくとも去年の一件で王立アカデミアでは『乙星』は禁書扱いになっているし、『乙星』を勧めてまわっていたドルロイド家が失脚したことで貴族たちも表立って口には出さなくなった。まだ熱烈なファンは多いらしいが。
「それで、内容にも一つ注文があってな。邪竜の見た目はこのようにしてほしいのだ」
「承知いたしました」
そう言ってセレーナ嬢に一枚の紙を渡す。
そこに描かれているのは邪竜のイメージ図だ。顔つきや鱗の生え方などの解説付き。ラースの実物を見せるわけにはいかないのでオレが作成した。意外とうまく描けた。
セレーナ嬢はこの奇妙な依頼の理由を色々と考えたようだが、疑問の色を表には出さなかった。彼女は彼女で『乙星』を書いたのが自分だとは隠しておきたいのだ。
エリザベスからさらなる激励をうけて恐縮しまくったのち、大まかなシナリオ(セレーナ嬢いわくプロットというらしい)ができたら連絡すると言ってセレーナ嬢は帰っていった。
扉が閉まりきる前にスカートの裾を踏んづけて「ひぇぇあっ」と悲鳴をあげたのが聞こえたが。……健闘を祈る。
さて、これで礼儀を重んずるエリザベスの面通しもすんだ。正直セレーナ嬢には荷が重い対面だろうと予想していたとおりだったものの、モチベーションにつながったのでよしとする。
このあとはどうするか……も、もう恋人なんだし、デートに誘ってもおかしくないよな……?
そう考えながらチラッとエリザベスをうかがうと。
エリザベスもまた困ったような顔をしながらオレを見ていた。
「ど、どうした?」
「ほ、本日、殿下からのお手紙には、一人で来るようにと書かれていて……」
思わずどもってしまうと、めずらしくエリザベスも歯切れが悪い。
たしかにオレはそう書いた。リーシャ嬢にはあまり計画の内容を察知されたくないので、理由をつけて一人で王宮に来てほしい、と。
エリザベスはうつむいて眉を寄せる。徐々に頬が赤く染まっていく……どうしたのかと思っていたら、エリザベスは顔をあげた。
薔薇の蕾のような唇がわななく。
「リーシャ様には、……殿下との、デートだ、と……申しあげたのです。……こ、このままでは、嘘をついたことになってしまいますので……」
「……え、天使?」
「あの……? 申し訳ありません、いまなんと……?」
「あ、いや、なんでもない」
思わずこぼしてしまった呟きを取り消すように口元を覆い、それからゆっくりと考える。
できるだけ嘘をつきたくないという真面目さからくる理由も多分にあるのだろうが……これは、あれだよな? そういうことだよな?
遠回しな、エリザベスからのデートのお誘い。
「庭園の池に水仙が咲きはじめた。菓子を用意させるから、いっしょに見よう」
「……はい」
ほほえんで手を差しだせば、エリザベスは赤い顔のままその手をとった。