【コミカライズ6巻発売!番外編】幼女マリアベルの魔法
王妃様の幼少時代のお話です。
ウルハラ王国ダーリング侯爵家長女、マリアベル。
それが己の身分らしいと、五歳になったマリアベルはようやく理解しつつあった。
けれどもそんな身分に興味はない。
マリアベルの好きなことは、侍女とする雑貨屋さんごっこ。それから身体の中を走りまわる、なんだかふわふわしたもの――そして時々キラキラとして、ピリッともするものの正体をつかむことだった。
「わたあめみたいなときもあるし、ガラスみたいなときもあるの」
間違えて舐めてしまった唐辛子にも似ているかもしれない。チクチクしてなんともいえない感じ。
その『とらえどころのない感覚』は、いつもマリアベルの身体を流れていて、皮膚の下をむずむずさせるのだった。
マリアベルのそんな訴えに、何度か医者が呼ばれたが、原因はわからなかった。日常生活に支障が出るわけでもない。
むずむずのせいでちょっと怒りっぽくはなるけれども、幼いマリアベルは貴族令嬢の嗜みとしてそれを隠した。
ついにその正体が明らかになったのは、二番目の弟が生まれたとき。
生まれるまでは静かにしていなければならないからと、お腹の大きくなった母親は離れで暮らしていた。
ある日、離れの侍女が家族の団欒の間に飛び込んできて叫んだのだ。
「お生まれになります!」と。
父ダーリング侯爵はクワッと目を見開くと立ちあがり、弟とマリアベルを残してさっさと一人で離れに駆けつけてしまった。
(ずるいわ、おとうさま。わたくしもいきたいのに――)
ムッとしたマリアベルは窓から身を乗りだし、庭を駆けてゆく父の背中を見つめた。
(あそこまで、飛べたら――)
そう思った途端、これまで体内をふわふわと彷徨っていたものたちがぎゅんとまとまるのを感じた。一か所に集まった『なにか』は大きく膨らんで、ふたたび手足へと散っていく。
身体が軽くなったような気がした。
ぴょん、とジャンプしてみると、その足の下に風が渦巻いた。何度か飛び跳ねるうちに渦は大きくなる。
ふわりとマリアベルの身体が浮く。
怖くはなかった。なんとなく、風を操れるような気がしたのだ。
てこてこと歩みよってきた弟に手をのばせば、弟の身体もふわりと浮く。
(なるほどね?)
庭に作られた通路の先には、母の暮らす離れがある。建物のドアの前へ意識を集中して、マリアベルは手を閃かせた。
風がやさしく身体を包み込む。母に抱かれているときのようだと思ってマリアベルはにっこり笑い、弟とともに窓の外へと飛び出した。
背後であがった悲鳴に振り向くと、マリアベルと弟を連れだそうとしていた侍女が風よけのローブを取り落したところだった。いつも礼儀正しい侍女にもかかわらず、青ざめた顔でマリアベルを指さしている。そのぐらい驚かせてしまったということだ。
勝手に部屋を出てはいけません、と言われていたのを思いだす。
「おかあさまのおかおをみたら、すぐにもどるわ!」
別の方向に気をまわして、マリアベルは弟と手をつなぎ道沿いに飛んだ。
途中で父ダーリング侯爵を追い抜かすと、彼もまたぽかんと口を開けてマリアベルの雄姿を眺めた。
風を操って離れのドアの前に降り立ち、マリアベルは「ふうっ」と息をついた。夢のような体験に弟はキャッキャと笑って手を叩いている。
「おねーたま、しゅごい!」
「ふふ、ありがと」
いつのまにかむずむずした感覚は消えている。
身体の中を流れるそれが『魔力』で、いま自分が使ったのが『魔法』だということを、マリアベルは直感的に理解し始めていた。
「――マリアベル!」
息を切らせてダーリング侯爵も駆けつけてきた。と思えば、普段の厳しい顔はどこへやら、マリアベルを抱きあげて頬ずりする。
「これは!! 覇権がとれる!! 王妃も夢じゃないぞマリアベル!!」
「おうひ……?」
『おうひ』は、国王陛下のお嫁さんだ。でも国王陛下にはもうお嫁さんがいる。なにを言っているのかと首をかしげるマリアベルは、まだ知らなかった。
十年後、自分と次代の国王ガイウスとの婚約を目指して、野心家のダーリング侯爵が様々に政略を巡らすことも。
マリアベルの魔力はダーリング侯爵ごときが制御できるものではなく、反抗期を長引かせたマリアベルにダーリング侯爵がストレスで胃に穴を開けることも。
それでも結局なんやかんやあって、ガイウスと結婚することになることも。
『ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなので。』コミックス6巻が4/15に発売です!
おしのび城下町散策やラファ&ユリの番外編など、盛りだくさんな内容になっております~!
本屋さんでお見かけの際はぜひ!お手にとってくださいね~!
プラム&リカルドの両方がコミックスに登場ということで、電子限定特装版には王妃マリアベルの過去を書き下ろしました。
よろしくお願いします!
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新連載「成金悪役家の当て馬令嬢は、はやく断罪後を満喫したい」
https://ncode.syosetu.com/n1792ir/
「鳴かぬなら 金塊で殴れ ホトトギス」が信条の成金悪役家の愛孫ルクレシアが、悪役令嬢として断罪されようとがんばるのにどんどん愛されてしまうお話です。
実は初めての異世界転生もの連載です。こちらもよろしくお願いしますー!