番外編.ラファエルとユリシーの新婚旅行
オオオオオ、と獣の唸りとも風の荒びともつかない音が響く。
魔獣に襲われた過去を思いだし、ユリシーはびくりと肩をすくめた。隣のラファエルがやさしく抱きよせようとしてくれるのをそっと避ける。
「つかまったら逃げられない気がするんで近寄らないでください」
「逃げる前提なの酷くない!? ボクたち結婚したよね!?」
うわあんと丸わかりの嘘泣きをする男にため息をつく。
たしかに結婚した。ユリシーは今、次期侯爵夫人という立場にある。しかしそこに至るまでには数々の攻防があり、すったもんだがあり、一時は命の危険まであった。
ウルハラ国北部の調査に駆りだされたユリシーは、狂暴化した魔獣に襲われ、魔法素養を開花させた。
ラファエルの腹部に残る大きな傷跡は、彼が命を賭けてユリシーを守った証。
ラファエルの本気を見せられて、それ以上拒むことなどユリシーにはできなかった。婚姻誓約書にサインをしたのもユリシー自身の希望だ。
(……なんだけど、全部手のひらの上だったような気がする……っ)
ギリッと奥歯を噛み、ユリシーはこぶしを握る。
今にして思えば、すべては素直に頷けないユリシーのためにラファエルが仕組んだことだった気がするし、ユリシーと結婚するために自分の命を危険にさらしたこの夫は端的に言って頭がアレだと思う。
「ユリシーちゃんが心配してくれなかったら魔力が足りなくて死んでた♡」とか楽しそうに言う男と一生暮らしていけるか不安になるのは当然のことじゃないだろうか。
虚ろな目でラファエルを睨みつけたら、ラファエルはなぜか嬉しそうに笑った。
「ユリシーちゃんの死んだ魚の目、ボクだーい好き♡」
頬を指先でうりうりとされて、ユリシーは自分の目がもっとどす黒くなったような気がした。
だいたい、今いる場所だっておかしい。
ウルハラ北部のミミア山脈、つまりはユリシーとラファエルが魔獣に襲われた場所のすぐ近くなのだ。
初夏を迎えた森はあのときのような雪には覆われておらず、穏やかな日差しが届いているけれども、先ほどから響く奇妙な唸り声だけでトラウマを刺激するには十分。
「一応聞きますけど、今回はどういう調査なんですか?」
「いや、新婚旅行だけど?」
さっさと終わらせて帰りたいと尋ねれば、ラファエルはあっさりと信じられないことを言う。
「まだ数年はおとなしくしておかないといけないから、本番の新婚旅行はまた今度ね。でもどこも行かないのも寂しいだろ? だからふたりが結ばれた思い出の場所にきてみたんだ♡」
つまり、ここへ連れてきたのはとくになんの理由もなく、ラファエルが来たかったから来た、と。
「わたしが本当に聖女になれるならこの男を祓いたい……っ」
「またまた~♡ ボクのこと好きなくせに♡」
なにを言ってもへこたれない男をもう一度睨んでから、ユリシーはため息をついた。
『乙星』騒動の始めからラファエルはユリシーの言うことを聞かなかったし、『星の乙女』ではなくユリシーを見ていた。
断罪されて、父親ですらユリシーを勘当して逃げだしたというのに、罪人となった自分を拾ってくれた人。
(ああ、もう――)
ぐしゃぐしゃと髪をかき乱し、たぶんまたラファエルをよろこばせるだろうガラの悪い態度をとりながら、
「……好きですよ。悪いですか」
「えっ」
むっと頬を膨らませて言えば、思いがけない反応が返ってきた。
「え?」
「えー……」
「えええ?」
見上げれば、飄々とした笑みを浮かべていたはずのラファエルは、頬を染めて目を泳がせていて。
背伸びをして覗き込もうとすると、両手で顔を覆ってしまった。
「そんなに見ないでよ」
「まさか、照れてるんですか?」
「だって初めて好きって言ってくれたし……」
そういえば結婚はしたけれど、好きだとは言っていなかったかもしれない。
自分の頬もじわじわと赤くなっていくのをユリシーは感じた。
こんなとき、ラファエルがなにか言ってくれなければ、ユリシーだってどうにもできない。
「……」
「……」
森に立ち尽くし、視線をあわせられずにもじもじと向かいあうだけの二人を、集まってきた森の動物たちが興味深げに眺めていた。
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また、今月からのコミカライズで、ラファエルとユリシーの結婚秘話が明かされます!
WEBでは第三部エピローグ「それぞれの新婚生活(前編)」にちょこっと書いたのですが、
書籍3巻が出るときに番外編として書き下ろしまして、今回それをコミカライズしていただいています。
めちゃめちゃ面白いのでぜひ読んでください~!
以上、お知らせでした♪