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【コミカライズ5巻発売!番外編】キスができるふたりの話

第三部完~新婚生活あたりの話です。

「おやすみなさいませ、ヴィンセント……」

 

 就寝の挨拶をして、わたくしは視線を泳がせた。

 名前で呼んでくれと言われたのはある朝の会話がきっかけだった。そのときはラース様の乱入で名を呼びきることはできなかったのだけれど、ヴィンセント殿下からのお願いで、就寝の挨拶のときには敬称をつけないことになった。

 でもやっぱり、畏れ多くて、恥ずかしくて、呼んだあとはそわそわとしてしまう。

 

 わたくしの前に立つヴィンセント殿下はにこにこと頬をゆるませながら、「おやすみ、エリザベス」と応えてくれる。

 

 けれども、『就寝の挨拶』はこれで終わりではない。


 わたくしの顔を覗き込み、ヴィンセント殿下はいたずらっぽくほほえんだ。

 甘えてくださいと言ったときから、ときどき見せてくださる、おそらく素のヴィンセント殿下の笑顔。

 見慣れぬ表情にどきりと心臓が跳ねる。

 

「おやすみのキスを、してもいいかい?」

「はい」

 

 やさしく問われ、蚊の鳴くような声でわたくしは頷いた。

 結婚式で『誓いのキス』をしてから、ヴィンセント殿下は照れることが少なくなったそうで……こうしてときどき、キスをしてくださる。

 

 わたくしは目を閉じた。

 そうでなければ、蒼い瞳に吸い込まれそうになってしまう。整った顔立ちもやさしい眼差しもわたくしをとらえて離さない。見つめられるだけで平静ではいられないのだ。

 

 閉じた視界の向こうでヴィンセント殿下が動く気配がする。衣擦れの音に鼓動が早まった、その瞬間だった。

 

 コツン、と窓から音がして、わたくしは思わず目を開けた。

 そしてばっちりと見てしまった。亜麻色の細い睫毛が揺れて、吐息がかかるほど近くにヴィンセント殿下のお顔があるのを。

 

「ッ、ぴゃああああっ!?」

 

 直視した現実に悲鳴をあげ、わたくしはそばにあったテーブルの下にもぐり込んで頭を抱えた。

 

 ああ、だめ! やっぱり格好よすぎる! こんなに素敵な方がわたくしの夫――そう、夫なのだ。婚約者であり恋人であったヴィンセント殿下は、夫という存在になった。

 ヴィンセント殿下が伴侶として、わたくしのことを想ってくださっていて……と考えると、鼓動が激しくなりすぎて動けなくなってしまう。

 

 ヴィンゼント殿下の隣に立てるようにとわたくしも研鑽に励んできたけれども、それは王太子妃としてのものだ。

 夫婦としておやすみのキスを贈られる……などというイメージトレーニングはしてこなかった。

 

 ヴィンセント殿下への恋心を自覚したときにも同じような状況に陥った。恥ずかしくてヴィンセント殿下のお顔が見られなくなってしまって。

 もしかしたら、わたくしに結婚はまだ早すぎたのかもしれない。

 

「で、出ておいで、エリザベス」

「申し訳ありません、わたくし、自分がふがいなくて……嫌いにならないでくださいませ」

 

 泣きそうになりながらテーブルの下を這いだし、さしのべられた手をとってわたくしは立ちあがった。

 

「いやもうすべてがかわいいんだよ……」

 

 ぼそりとヴィンセント殿下が呟いていらっしゃったけれども、それすらも畏れ多くてわたくしは恐縮するだけ。

 身を小さくするわたくしに、ヴィンセント殿下はふっと笑った。

 

 かっこいい、と見惚れているうちに、ヴィンセント殿下のお顔が近付いてきて、唇が重なった。

 すぐに離れてしまったヴィンセント殿下は、やはりいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 

 わたくしはといえば、ようやく今なにが起きたのかが理解できて……。

 

「~~~~っ!」

「エリザベスは、どんなオレでも好きでいてくれるんだろう?」

 

 ぼわっと顔を赤くするわたくしの手を握ったまま、ヴィンセント殿下は答えのいらない問いを口にする。

 

「オレも、どんなエリザベスでも大好きだよ。……実際、どんなエリザベスでもめちゃくちゃかわいいし……エリザベスがかわいくないところなんて想像できないというか存在自体がかわいい時点でありえないからな。レアすぎてそんなエリザベスが見られるなら逆に見てみたいくらい……」

 

 後半はぶつぶつと呟きながら、ヴィンセント殿下はわたくしに笑いかけた。


「幸せすぎて怖いくらいだよ、エリザベス」

「わたくしもです、ヴィンセント……」

 

 やっぱり、敬称なくお名前を呼ぶのには、そわそわとしてしまうけれども。

 

 目を細めてわたくしを見つめるヴィンセント殿下のお姿に、きっと少しずつ慣れていくのだろうとわたくしは思った。

 きっと少しずつ、ヴィンセント殿下との暮らしが当たり前になって。

 照れることも少なくなり、お名前を呼ぶのも、愛を告げるのも、躊躇なくできるようになって。

 デートで手をつなぐこともできるし、それに……。

 

「……エリザベス? また顔が真っ赤だけど、大丈夫か?」


 想像を広げていたら、ヴィンセント殿下が心配そうにわたくしの顔を覗き込んだ。どうやら想像だけで顔に出てしまっていたらしい。

 

 ぐっと近づいた距離に体が跳ねる。


「ひゃっ、だ、大丈夫ですわ!!」


 慌てて首を振りながらも、

 

 ……好きな人との暮らしに、本当に慣れることがあるのかしら?

 

 とわたくしは首をかしげた。

ただのバカップルでした!

ちなみに窓コツンはラースのせいですね。


明日10月14日(土)、コミカライズ『ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなので。』5巻が発売です。

第三部序盤までのお話になります。

記憶喪失ヴィンセントの押せ押せシーンを漫画で描いていただいていますので、ぜひ…!

お見かけの際はお手に取ってくださいませ!


電子限定で、書き下ろし短編付き特装版もあります。

書き下ろしの内容

 ↓

『イチャイチャしないと出られない部屋に閉じ込められてしまいました』

ある日のデート中、ヴィンセント&エリザベス、ハロルド&マーガレットの4人は謎の部屋に閉じ込められる。

4人は自称「愛の妖精」から試練を与えられ…?


楽しく書きましたので、糖度激高のコミカライズ5巻、読んでいただけると嬉しいです♡

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マグコミ様にてコミカライズ連載中
第一話はこちらから
ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなので。表紙画像


マッグガーデン・ノベルズ様より、書籍第1~3巻発売中
書籍情報はこちらから
ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなのでヒロイン側にはそれ相応の報いを受けてもらう。表紙画像
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