【コミカライズ4巻発売!番外編】セレーナ嬢の輝かしい受難
書きあがった『乙星』第二巻の原稿を献上しに王宮を訪れたセレーナは、出迎えたヴィンセントとエリザベスのキラキラしいオーラに恐れ慄きつつ平伏した。
第一巻をめぐる騒動でヴィンセントの王族オーラには耐性がついた気がしたものの、あれはヴィンセントが素を出していたからで、エリザベスと並ぶ彼はエリザベスの優雅で気品あふれる公爵令嬢オーラに負けじと完璧王太子オーラを放ってくるので、早い話がセレーナにとっては圧がすごかった。
よく知らないままに出来心で自作小説にこの方々を登場させた過去の自分を連続ビンタしたいが、原稿を握った手でそれはままならない。
「こちらが『聖なる乙女は夜空に星を降らせる』第二巻の原稿になります……」
「ありがとう。……よく眠れているか?」
「はい。快眠です」
「なんて丸わかりの嘘をつくんだ……」
頬はこけ、足元もおぼつかないセレーナにヴィンセントは笑みをこわばらせる。
と、突然セレーナの手をとる手があった。驚いて顔をあげると、エリザベスの心配そうな、けれども興奮を抑えきれない表情があった。
頬は紅潮し、瞳はきらきらと輝いて。
「セレーナ様!」
「!?」
「わたくし、セレーナ様の『くま勇者アルフレッドの冒険』も拝読していたのです。先日は気づきませんでしたが」
「!?!?」
それは、セレーナが乙女小説を書く合間に一冊だけ出した子ども向けの小説だった。くまの勇者アルフレッドが様々な試練を乗り越えながら魔王討伐のため大陸中を冒険するという王道ストーリー。
残念ながら売上的な結果は惨敗で、編集長には「やっぱりお嬢はいつものやつじゃねえと……」と遠まわしに続編NGを出された作品である。
まさかそんなものをエリザベスが持っていたとは。
「エリザベスは幼いころから冒険小説が好きなんだ。すごい執念で集めてる」
エリザベスの背後からヴィンセントが補足してくれる。
「アルフレッドのかわいらしさ……けれど逆境にもめげない芯の強さ、わたくし、大好きなのです。ぜひ、サインを」
一冊の本をさしだすエリザベスにセレーナは目を丸くした。
それはたしかに、自分でもこの数年手に取ることのなかった『くま勇者アルフレッドの冒険』であり、表紙からはくりくりとしたつぶらな目のクマがこちらを見つめている。
ガクガクと震えながら本とペンを手に取り、セレーナはペンネームでサインをした。
正体を隠して生きてきたから、サインをすることなど初めてだ。線の揺れるサインにも、エリザベスは嬉しそうに笑顔を見せた。
「ありがとうございます! 部屋に飾りますわ」
「部屋に!?」
畏れ多すぎる、と戦慄くセレーナに、エリザベスはさらに笑みを深くし、
「はい、『紳士怪盗ニャントマン』の隣に」
「ニャントマンの!?」
「知っていらっしゃるのですか?」
知っているもなにも、『くま勇者アルフレッドの冒険』は『紳士怪盗ニャントマン』に影響を受けて書いたものだ。
シルクハットにマントをつけた義賊が世界中のワケアリなお宝を盗むという怪盗もの。正体は人間に化けたケットシーで、ピンチのときにはネコの姿に戻って逃げてしまう。
売上のふるわなかったアルフレッドとは違って、王都の有名な雑貨屋で売られていたニャントマンは、セレーナたちの世代なら皆読んでいた。だから、エリザベスが知っているのは当然だ。
でも、ニャントマンもたしか、作者は不明だったはず……。
「実はニャントマンは、王妃様が書かれたものなのです」
「王妃様が!?」
(ということは、『ニャントマン』に施されたサインは王妃陛下のサインで、その隣に私のサインした『アルフレッド』が、未来の王太子妃のお部屋に並べて……?)
「今度、皆でお茶会でもいかがでしょう」
「お茶会!?」
もはや鸚鵡返しにしか会話ができなくなってきたセレーナをヴィンセントが不憫そうに見つめている。
エリザベスとしては「推し作家と推し作家を会わせたい」のが半分、「将来の義母と友人でのお茶会ならそれほど身分の差にこだわらなくてもいいだろう」という判断が半分だろうが、セレーナにとっては「二重の意味で雲の上の人間との対面」なのがわかるからだ。
助けてやりたいのは山々なのだが――。
(好きなものに目をキラキラさせてるエリザベス、まじでかわいいな……)
もうしばらく眺めてから止めに入ろう、とヴィンセントは思った。
明日3月15日(水)、『ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなので。』4巻が発売です!
本屋さんなどでお見かけの際はぜひよろしくお願いします~!
電子限定で、書き下ろし短編『実録☆『乙星』第二巻刊行までの軌跡』付き特装版もあります!
セレーナが主役で、ヴィンセント&エリザベス、ハロルド、ラファエル、エドワードなどいつものメンバーも出ます☆
また、昨日から新作を始めておりますので、そちらもよろしくお願いします…!
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仕事に真面目な令嬢と「笑ったところを見たことがない」と言われている冷徹宰相の両片想いのお話です。