【コミカライズ3巻発売!番外編】レオハルトの呟き
ノーデン家を出、帰り道の馬車で――。
エリザベスへの求婚、囮となっての裏切り者の炙り出し、リーシャへの仕打ち――もとい、支援など。一連のレオハルトの言動を思い出し、ヴィンセントはため息をついた。
「まったく、どうしてそんな凶悪な二面性を持つようになったんだか……」
「君がそれを言う?」
「なんだ?」
くすりと笑うレオハルトに、首をかしげるヴィンセント。
***
それはまだ王子たちが幼く、互いのご機嫌うかがいに隣国を訪れあっていたころ。
一つ違いのヴィンセントとレオハルトの衝突は激しく、それをマリウスがなだめる、というのが恒例の光景だった。
「それ以上マリウス兄様に近づくな、ヴィンセント」
「オレは第一王子だ! マリウス殿と同じ立場なんだよ。ゆっくり話をさせろ!」
「ふうん、どうしても兄様を奪おうとするのかい……?」
レオハルトの表情が翳る――というよりも、闇が滲みでる。びく、とヴィンセントの身体がこわばった。あたりにどす黒いオーラが立ちのぼっている気がする。
幾人もの家庭教師や側仕えを病院送りにしてきたという《暗黒微笑》である。
ふるえ始めるヴィンセントにレオハルトの笑みはさらに深く、凶悪になる。
しかしヴィンセントも、国では鳴らした悪童だ。そうそう負けるわけにはいかなかった。あとずさりしそうになる足を踏ん張り、ぐいと肩を突き出す。
「なんだよ、やんのかお前……!!」
と。
「こらこら、喧嘩をしてはいけないよ」
一触即発の空気に、あまりにも不釣り合いなのんびりとした声が落ちた。
二人が見上げた先では、マリウスがにこにこと目を細めて笑っている。どうやら彼から見れば《暗黒微笑》はかわいい弟のほほえみとして処理されるようだ。
「……ふん。マリウス兄様に免じて許してやる」
「こっちの台詞だ、バーカ!」
王族としてははしたなく、ひねりもなにもあったものではない罵声を浴びせてヴィンセントはぷいと横を向いた。
レオハルトはヴィンセントが嫌いだった。マリウスとの時間を引き裂く者すべてが嫌いなのだから当然だ。
「もう来るな!」
彼らは会うたびに小動物のようなこぜりあいを繰り返した。
ヴィンセントが八歳の誕生日を迎えるまでは。
*
一年ぶりに対面したヴィンセントは人が変わっていた。
中身も変わっていたし、外面も変わっていた。ジャケットをきちんと着こなし、背すじをのばして立ち、自信にあふれた相貌はまるで輝いているようだ。
「……ヴィンセント?」
「やあ、レオハルト。お出迎えありがとう」
声色はおちついていて、とても「バーカ!」などとは言いそうにない。
頭上にハテナを浮かべるレオハルトの隣で、国王夫妻とも親しげに談笑するヴィンセント。
「婚約者をお迎えになったとか……めでたいことです」
「お聞き及びでしたか。ぼくにはもったいないほどの御令嬢なのです」
「それで、学問や礼儀をすばらしい勢いで身につけておられるそうですね。マリアベル様がよろこんでおられました。ご立派です」
「ありがとうございます」
ヴィンセントははにかんだ笑みを浮かべた。
その様子をマリウスがうなずきながら眺めている。
「マ、マリウス兄様……?」
「ごらん、レオハルト。ヴィンセント殿は己の立場に気づいたのだ。なんとすばらしい」
兄の瞳に称賛の色がたたえられているのを見、レオハルトは衝撃を受けた。
だって、あんなにクソガキだったヴィンセントが、一年ですっかり素直な少年になるわけがないのだ。猫をかぶっているだけだ。だが、それがわかるのはレオハルトだけらしい。
(そうか……そうすればいいのか)
よい方向へ成長をしたとき、その上っ面を疑う者は少ないのだと、幼いながらにさとい頭脳を持っていたレオハルトは学習した。
ヴィンセントが帰国したのち、やけにおとなしくなったレオハルトを王宮の者たちは「ヴィンセント殿下がよい影響を及ぼしてくださったのだろう」「あんなに悪戯っ子だったお二人もこの年齢にはなにか感じるものがあるのだ」と納得した。
自然、レオハルトへむけられる視線はゆるんでゆく。
(これならマリウス兄様を悪く言うやつらを裏で締めあげることもできるな)
少しだけ、レオハルトは感謝した。
暗躍するなら外面は完璧な王子の猫をかぶっておくのがいいのだと示してくれたヴィンセントに。
***
幼い記憶をよみがえらせ、レオハルトは口の端に小さな笑みをのぼせた。
「なんだ?」
「いや……ぼくがこうなったのは君のせいなんだから、君も少しくらい手伝ってくれて当然だと思っただけさ」
「図々しすぎるうえにオレはお前をそんなふうにしたおぼえはないぞ」
「ふふ」
じとりと睨みつけてくるヴィンセントにまた笑いが漏れる。
「君が協力してくれてうれしいんだよ。ぼくはマリウス兄様の次に君のことを尊敬してるんだから」
「いやそれはランク高すぎだろ……怖すぎるからつつしんで辞退させてくれ」
レオハルトとふたりきりになったヴィンセントはやはり以前のままの粗雑な口調で、それが婚約者の前では正反対の程度をとっているのだから面白い。
「ありがとう、ヴィンセント」
奇妙な陰影のつくほほえみに顔をひきつらせるヴィンセントを眺めつつ、レオハルトは今後の計画に思いを馳せた。
コミカライズ『ベタ惚れの婚約者が悪役令嬢にされそうなので。』3巻、本日発売となります!
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自分の恋心に気づいたエリザベスのもだもだ、止まらないヴィンセントのにやけ、邪竜ラースとレオハルトのダブル恋敵出現等々、盛りだくさんの内容になっております。
とくにエリザベスがまじでかわいいのでみんな見てください…癒しのかわいさをまきちらしています。
書き下ろし短編小説付きの電子特装版もあります。
よろしくお願いいたします~!