エピローグ.それぞれの新婚生活(前編)
オレとエリザベスの婚礼が終わったのだ、そこから先は貴族たちの結婚ラッシュであった。
当然ながら真っ先に幸福の式をあげた王太子夫妻を、貴族たちは賓客に呼びたがった。おかげでオレとエリザベスは新婚生活を満喫する暇もなく国内を転々とした。
エリザベスは疲れていないだろうかとうかがうと、
「これも新婚旅行のようですわね♡」
とほほえまれたので、オレの機嫌はあっさりとなおり、ウキウキ気分の国内一周旅行となったのだった。
ハロルドとマーガレット嬢の式は王宮の庭に薔薇のアーチやハートのトピアリーを用意して行われた。
ハロルドがオレの乳兄弟であり親友であり、マーガレット嬢が王太子妃となったエリザベスの親友であることから、破格の待遇となったのだ。エリザベスが王宮にはいったので、マーガレット嬢も正式にエリザベスの護衛兼侍女となる。
ハロルドにとっても待望の日であっただろう。オレには一年に一度しかむけてくれない笑顔をマーガレット嬢に大盤ぶるまいしていた。
もっとも心配していたエドワードとセレーナ嬢の式もつつがなく執り行われた。というかちょいちょいセレーナ嬢はスカートの裾を踏んづけたり段差で足をすべらせたりしていたのだが、持ち前の動体視力と筋肉でエドワードがすべてカバーしていた。招待客にはほとんどバレていなかったと思う。意外と相性のよい二人だったらしい。
ザッカリー殿と夫人は終始涙ぐんでいたし、会場の隅では家令とウォルターが肩をよせあって涙を流していた。セレーナ嬢の実家ヘイヴン子爵家からはほとんど人をだせなかったようで会場で立ちまわっている者の多くはノーデン家の使用人である。
彼らは使用人だが家族同然であり、何代にもわたって仕えている者や、エドワードを生まれたときから知っている者もいる。もちろんおもてだって感情をあらわしたりはしないのだが……なんかこう、会場の熱気が……すごかった……。
ある意味、オレとエリザベスの式よりも濃い式だった。
ラファエルとユリシーは式は挙げず、婚姻誓約書の提出だけですませると言ってよこした。ドメニク殿もそれで異存はないそうだ。
婚礼の日にユリシー嬢が見せた聖なる光はやはり見間違いではなく、『聖女見習い』の資格が認められた。これまでの反省の態度もあり、恩赦となったという。ということはつまり、ラファエルに骨の髄まで『抵抗不可』を叩きこまれたということでもある……。
まぁ、結婚するくらいだからユリシー嬢もラファエルへと想いがむいたのだろう。そうだよな? そうだと言ってくれ、頼む。
それにしてもユリシー嬢を聖女にひきあげるのは並大抵のことではなかったに違いない。
ご機嫌うかがいに訪れたラファエルに尋ねれば、はしゃいでいるように見えて瞳の奥だけは冷徹な男は、種明かしをしてくれた。
「ユリシーちゃんは毎日凝魔晶から魔力を浴び、祈りによって自分でも知らないうちに素養を育てていたんだ」
つまりよっぽど熱心に『王妃になりたい』と願いつづけていたということだ。
「素養が開花したのは偶然たまたまだけどね」
「嘘つけ、そうなるように仕向けたんだろうが」
つっこみを入れるオレにラファエルは人さし指を唇にあて、しー、と笑う。
この男が北部の調査にユリシー嬢を連れていったのはハロルドから聞いた。
「リーシャ様の魔法素養を開花させたとき、レオハルト様がテラスから落ちたって言っただろう? ボクも北部では死にかけてね☆」
シャツをぺろりとめくるラファエル。エリザベスがいたらひっぱたくところだがエリザベスはいまマーガレット嬢とお茶会中である。ハロルドも片眉をあげただけでなにも言わなかった。
というか、言えなかった。
へらへらと笑うラファエルの腹には魔獣の爪で裂かれたと思わしき傷痕が走っていたからである。
「……これは、処置が遅れていたら致命傷では?」
普段は自分から近づくことをしないハロルドが眉をよせて傷痕をのぞきこむ。
「いやん、えっち♡ あはは、そんな目で見ないでよー。ま、ユリシーちゃんが開花しなかったらボクの魔力だけじゃ足りなかったかもね」
「ユリシー嬢に心配してもらえてよかったな……」
「いやホントそれだよね♡」
オレの素直な感想にもラファエルはにこにこと同意を示す。自分でもそう思っていたようだ。
おびえきっていたユリシー嬢はちゃんと、最後の最後でほだされてくれたらしい。それだけはこの男の愛が通じたということだ。
「ま、それでも元罪人にかわりはないからね。ボクたちはもうしばらく領地にひっこんで、おとなしくしておくよ」
「そうか。それがよかろうな。我が国にも聖女の資格があったなんて驚きだ。なにをするんだ?」
「んー、これまでに正真正銘の聖女の資格が認められたのはお一人だけだから、仕事はあってないようなものだよ。それにユリシーちゃんは――いや、妻はまだ見習いの身分でありますから」
「最後だけ低い声でかっこよく言おうとするな」
妻って言いたいだけだろ。
「しかし一人はいたんだな、聖女が」
歴史書にも記載がなかったように思うが。建国期よりもさらに昔、それこそ神話の時代の話だろうか。
考えていたオレに、ラファエルは首をかしげた。
「君の御母堂、マリアベル王妃だよ? 魔法省の重要機密に書かれているだけで、一般的な史書の類いには載っていないんだけどね」
……母上の光の黒歴史、まだでてくるのか。