番外編.これはすばらしいショウ
王太子ヴィンセントと婚約者である公爵令嬢エリザベスの婚礼は、当然ながら王都民たちの一大関心事であった。
当代の国王夫妻が結婚したのは二十年前。それはそれは華やかな式であった。
王族の婚礼などめったにないのだから、王都民としてはなにがなんでも見物に行かねば――アメリアはそう決心していた。
あの日、ヴィンセントやエリザベスが訪れた肉屋のおかみである。その隣でため息をつくのは夫のディム。
「家の窓から見ればいいじゃねぇか」
「ウチからじゃ大通りの隙間しか見えないよ! 王宮近くの一番前をキープしなきゃ! 王子様とお姫様のお姿をよーく見なくっちゃね!」
「まったくどうしてうちのカミさんはこうも少女趣味なのかね……」
「まったくどうしてうちの亭主はこのトキメキがわからないんだろうね!?」
言い争いをしながらも二人は早朝から王宮へむかい、正門から少し外れた場所に陣どった。すでに周囲は同じように王族の婚礼を見ようと集まってきた人々でごったがえしており、ディムは肩をすくめた。
素直で明るくてなんにでも楽しそうで、素性のよくわからない剣士やその主人だという男爵令嬢たちにもお節介を焼くアメリアを、よき妻だと思ってはいるが――これだけはどうもわからない。それでものこのことくっついてきてしまう自分にも問題はあるのだろう。
式の始まる時間まで二人はそこですごし、花嫁の王宮入りを見た。
四頭の白馬にひかれた金の馬車。それはたしかに驚嘆に値するものであった。さすがのディムもぽかんと口をあけて見入ってしまった。
しかしアメリアが見たがっていた肝心のお姫様は、レースのひかれた馬車の窓からちらりと見えただけ。
「結局、お姫様の顔が見えたのは一瞬じゃねーか」
「本番はあとでだよ。王子様とお姫様は王宮で誓いを立てられたあと、バルコニーへおでましになる。それからパレードがはじまるんだ」
事情通のアメリアにぴしゃりとやられてディムは黙った。まだ家には帰れないことが確定したのである。
ならば待ち時間を潰そうかと手持ちの本をひらきかけて、ディムは顔をあげた。
なにやら妙なざわめきが大通りのむこうから波のように押しよせてきていた。見れば、人々は一様に大通りの反対の端、王都の外れを見つめている。
ディムとアメリアもそちらへと視線をむけ、
「……なんだ、ありゃ?」
飛びこんできた光景に、言葉を失った。
マントをつけた、紫色の巨大なネコ。
その周囲を走りまわる、様々な色のネコの大群。
ネコは何事か騒いでいるが、ディムにもアメリアにも意味はよくわからなかった。
「あれもパレード、か?」
「そうかもしれないね。大きいけれど、ネコだし……あんまり危険そうな感じはしないし」
周囲の者も同じ気持ちであるらしい。わーわーと歓声をあげながら手を叩いている。
そうこうしているうちに、大通りをふたたび巨大な影が横切った。
否、それは影でありながら、聖なる純白に輝いていた。白鱗に蒼角、背には崇高なる金の飾り模様。
絶滅したと思われていたドラゴン――それも、大地に祝福をもたらすと言われる、聖竜である。
ドラゴンの背には、これも白き衣装に身をつつんだ二人の人物がのっている。
亜麻色の髪に碧眼、きりりとした表情で巨大ネコを見据える青年と、金の髪にベールをなびかせお伽話から抜けだしてきたかのような乙女。華麗なるドレスの手元には淡い色合いの花束を握っている。
その横顔は、さきほど馬車からちらりと見えたお姫様に瓜二つ、否、本人だろう。
つまり、二人はこの式典の主役、花婿たる王太子と、花嫁たる公爵令嬢様なのだ。
「ならやっぱりこれは、式の一環なんじゃないか?」
「そうか……そうだね、神話にも竜がでてくるし……特別な式ではこういった催しをするのかもしれない」
ディムの言葉にアメリアもうなずいた。
目の前では巨大ネコが雷を放っている。それらはアメリアたちの頭上で花ひらくように散った。
特別な日に打ちあげられる祝砲の花火に違いない。
雷撃の破片が飛んできたが、見物の人々に届く前に兵士たちがきちんと払ってくれた。
おまけにあちらこちらで皆のペンダントや指輪が光っている。ディムの眼鏡も光った。王妃様が独身のころに立ちあげた雑貨屋のものだ。光のある場所では、やはり飛来物ははじきかえされて人々に害を与えなかった。
幻想的な輝きが人々をつつむ。
これはデモンストレーションなのだ。
なにが起きても民たちは我らが守るという、王家からのメッセージ。
あまりにも現実離れした光景に、王都民たちはそう我が身を納得させた。
やがて、見物客たちの期待どおりに、巨大ネコは攻撃をやめ、聖竜にのった二人にかしずいたようだった。身体は小さくなり、王子の腕の中にかかえられる。
わっと王都じゅうが歓声にわいた。
花婿と花嫁は、ゆったりと進む聖白竜の背から民たちに手をふりつつ王宮へと戻っていく。
その途中でふと、王子と目があった。
「――あ」
間近で見た姿はいつぞやの記憶を呼び起こした。まさか、と考えているうちに純白の花嫁もふりむき、やはり驚きの表情でこちらを見た。
二人とも、王都民として、ではなく、あきらかにアメリアを個人的に認識していた。
隣のディムの肩をバシバシと叩き、注意を促す。
「ねぇあんた、あの人たち、リカちゃんが護衛してたお嬢さんとそのお付きの人だよ……!!」
「なに言ってんだ?」
ディムは呆れたように肩をすくめたが、アメリアは怒らなかった。そんな暇はない。竜の背の二人を食いいるように見つめる。
乙女のほうは眼鏡もなく髪型も変わっていても、雰囲気がよく似ている。そしてそれ以上に王子様。従者の彼と髪色こそ異なるものの、顔立ちはそっくりだ。
身分差の恋を応援してやったのは、実は余計なおせっかいだったらしい、とアメリアは悟った。
「これは、いままで以上に素敵な国になるに違いないね!」
照れくさそうに手をふってくれた二人に、アメリアは夢中になって手をふりかえした。