33.過去との和解
防護結界をはっているとはいえ、王宮には各国の重鎮もいれば我が国の貴族もいる。そんな人々にむけて攻撃魔法を撃つことは、どれほど好意的に解釈しようとしても敵対を示すものにほかならない。
魔力の流れが停止する。
プラムが目を細めてオレを見た。その眸に映るのは――悲しみと、葛藤だ。
ネコの口吻がぐにゃりとつりあがる。オレにはそれが精いっぱいの虚勢に見えた。
「それがどうしたんだニャ?」
馬鹿にしたような口調。しかし魔力は動いていない。
話を聞く気は、ある。
「決別はオレの望むところじゃない。もちろんプラム、お前も……母上だってきっと望んではいない」
プラムのヒゲがぴくりと揺れた。オレの言葉に納得できないようだ。
「母上は封印を強化し忘れたと言っていたが……あの人はそんなミスはしない。くわえて、色々な手際がよすぎる。おそらくオレが巻きこまれることも、リカルド殿がくることも予想していたんだ。ここまでの騒ぎになるとは思っていなかっただろうが……」
王都民を危険な目に遭わせてしまったのは母上にとっても想定外だったかもしれない。いやでも母上のことだから大通り一面に結界をはるとかもできちゃいそうなんだよなぁ……。
とにもかくにも、幸いにも見物客はショーだと思っているし、けが人もでていない。いまならまだまにあう段階だ。
オレの隣でエリザベスもまた憂慮の表情を浮かべつつ、うなずいた。
「わたくしからもご事情を説明し、プラム様が罪に問われぬよう計らいますわ」
「なんだニャ、ゴジジョウって……ワガハイはマリアベルを倒すために復活したし、マリアベルだってワガハイを倒したいと思っているニャ」
「そんなことない! 母上が封印をゆるめたのも、お前がここへ戻ってきたのも、戦うためじゃない」
プラムはつぶれたオレンジのような顔をした。やはり素直にはなれないらしい。顔じゅうをしわくちゃにして不服を訴える。
「では、単刀直入に言うが。オレがここにいるのが和平を望むなによりの証拠だろう。母上が君を完全なる敵として認定していたら、いまごろ単騎で出陣してきて君を消滅させているぞ」
「……ニャ……」
スン……と爪の先に渦巻いていた魔力が消えた。
やっとわかってくれたというよりは普通に想像ができてしまったプラムが恐怖に襲われたからのような気がするが、細かいことは気にしない。
毛色を紫から青へと変えたプラムがうなだれた。
黄金の目が涙でうるむ。
「じゃあマリアベルは、ワガハイにどうしてほしいんだニャ? わざわざワガハイを復活させて、なにがしたかったんだニャ?」
「そりゃあ……プラム、君といっしょだろう」
プラムが顔をあげる。純粋な疑問の視線をむけられて、オレは苦笑いをこぼした。
ツンデレというやつはデレを見せなければただのツンなのだ。母上もプラムも。
「プラムと仲なおりしたかったんだよ」
「~~~~っ!! マリアベル……ッ!!」
まんまるの目からぶわっと涙があふれた。金の虹彩をにじませて、紫色のネコはえぐえぐと鼻をすすって泣いている。
気力が尽きたのか、その身体は徐々に縮んでいった。
元のサイズに戻ったプラムがオレの胸へと飛びこんでくる。
「マリアベルの息子……! マリアベルの息子、ありがとう、ワガハイ、がんばってみるニャ」
「ヴィンセントだ」
エリザベスもほほえんでプラムの様子を見守っている。
結婚式に横やりをいれられたというのに怒る様子はなかった。そういうところ、心の底から好き。
「うちの家の話で迷惑をかけた」
「いいえ、とんでもないですわ。解決してよろしゅうございました」
「王宮へ戻るか。ラース、頼む」
「きゅお……」
ラースは自分の背で抱きかかえられながらさめざめと泣いているケットシーを不思議そうにながめていたが、首をめぐらせると飛びあがった。
成り行きを見守っていた王都民たちから歓声があがる。
オレとエリザベスはにこやかにほほえんで手をふった。歓声が大きくなる。とくに子どもや若者たちは間近で見るドラゴンや魔獣に心を奪われたようで、満面で両腕をふっていた。
その中にいつぞやの肉屋の婦人を見つけ、オレは「あ」と声をあげた。オレとは別の方向へ手をふっていたエリザベスもふりむいて「まぁ」と小さな呟きを漏らす。
むこうも気づいたようだ。
あんぐりと口をあけて、それから隣のご亭主の肩を揺さぶっている。
「リカルド殿がニーヴェ国王だと知ったら、もっと驚くだろうな……」
「ふふ、そうですわね」
エリザベスが悪戯っぽく笑う。
微妙な気恥ずかしさをおぼえながら手をふると、ご婦人は大よろこびで手をふりかえしてくれた。
オレとエリザベスをのせたラースはゆっくりと大通りに沿って飛行し、王宮のバルコニーへと戻った。
光の壁の中で様子をうがかっていた人々が安堵の表情で出迎えてくれる。
プラムを無条件に王宮へいれるわけにはいかないので、こちらも仔竜のサイズに戻ったラースに見張らせることにしていっしょにバスケットへいれておいた。
「もう大丈夫です。お騒がせして申し訳ない」
オレが頭をさげるのにならってエリザベスも深々と礼をする。
被害はなにもでていないとはいえ、予想できた危機ではあった。警備の手落ちと言われてもおかしくはない。
しかしそんな憂慮はリカルド殿の張りのある声によってうちやぶられた。
「いやいや! 謝ることなどなにもないぞ。我々は二重結界の中で安全にすごさせてもらった。マリアベル――と、ガイウス殿も同席してくださっていたしな。心強いものだった」
母上に睨まれたリカルド殿はすぐに父上の名をつけたしたが、周囲の諸外国要人たちは父上の名が出る前から同意を示してうなずいている。母上の黒歴史はわりとひろまっているらしい。
「それにキング・ケットシーをこの短時間で手なずけるとは見事な手腕だ。聖竜の庇護まで受けているとは驚いた」
列を抜けるとリカルド殿がオレの前へと進みでる。
「若き未来の王に拍手を! 前途洋々たる門出をあらためて祝福しようではないか!」
言いつつ率先して手を叩くリカルド殿。居並ぶ人々がバルコニーに近い場所にたたずむオレとエリザベスをふりむいた。
ふたたび喝采につつまれた広間に、祝いのムードが戻ってくる。
「……リカルド殿、オレのことをもちあげてプラムにリードをとろうとしていますね?」
「なんのことだ。心からの賛辞だよ。おっと、ひとつ大切なことを忘れているだろう」
にっかり笑いでごまかしたリカルド殿は、オレを見、エリザベスを見てから、話を逸らすように人さし指を立てた。
「誓いのキスだ」
……そうだった。