32.ねこねこ大行進
目の前で、エリザベスの目が驚きに見ひらかれる。
招待客たちにもどよめきが走った。台詞の内容からしても、それを発したのがプラムだという事実からしても、無視するわけにはいかない。
オレはすぐに顔をあげた。
「ザッカリー殿、衛兵に外の指示を! それから客人方を守ってください! ドメニク殿、ラファエルも!」
「はっ!!」
「わたしもお手伝いいたします! 光よ、壁となれッ!!」
「光よ、壁となれ」
オレの指示を受けたザッカリー殿が合図をするなり、衛兵たちが列席者をとりかこむ。さらにリーシャ嬢につづきドメニク殿とラファエルが詠唱――攻撃魔法を吸収する光の壁が、広間全体に展開される。
……広間全体?
思わず二度見してしまうと、リーシャ嬢の隣で手を重ねて魔力を分けあっているマリウス殿はともかくとして、レオハルトもまた魔力のオーラを立ちのぼらせている。お前もか。マリウス殿に褒めてほしくて習得したんだな?
そして反対側に目をやれば、ザッカリー殿とラファエルの隣で、青ざめたユリシー嬢がひときわ強い輝きを放っていた。え、そこも? もしかしてユリシー嬢が王都へ戻ってこられるようになった理由がそれか?
「……いや、それよりもプラムだ」
色々思うところはあるが、いまは迫りくるキング・ケットシーである。
「ヴィンセント殿下、わたくしも参ります!」
「危険だ――が、未来の王妃としてとめるわけにはいかないな。頼む」
「はい、ラース様!」
バスケットから飛びだしてきたラースを従えバルコニーへ駆けよったオレたちは、外の光景を見てあっけにとられた。
大通りを紫色のネコが闊歩してくる。
マントをひるがえし二本足で立つ姿は想定どおりプラムのもの。しかし問題はそのサイズだった。
二階建ての屋敷ほどもある巨大さ。
おまけに眷属と思われるケットシーたちを何十匹もひき連れている。
さいわいにもエリザベスの馬車のために本日の大通りは出店もなく、人の姿もない。プラムたちは人間を傷つけることなく進撃している。
しかし脇道にはこのあと行われるパレードを見ようとする王都民たちが多くいた。兵たちが避難させようとしているが、どうやらこれも挙式の一環だと勘違いしたらしい彼らは手を叩いてよろこぶばかり。
まぁ、大きなネコと大量のネコだしな……とはいえいずれ事故が起こるかもしれない。
「いくニャーッ! サンダー・スト~~~~ムッ!!!」
プラムが両手をふりあげるのとともに、従軍していたネコたちがいっせいに「ニャーッ!」と鳴き声を響かせた。逆立った毛なみからバチバチと音を立てて雷が放たれる。
降りそそぐ無数の雷の矢。
それらは王宮の守護結界に守られてほとんどが分解されたが、一部は結界を突き抜けて母上デザインの庭の木を焦がした。
リーシャ嬢たちの結界もあるから王宮内はまだ安全だ。
いまのうちにプラムをとめねばならない。
「エリザベス、ラースを巨大化させられるか?」
「はい、ラース様、お力を……!」
「きゅおおお!」
契約者の許可を得たラースはバルコニーから飛翔すると身をふるわせた。白い聖竜の体躯が魔力の層に覆われてはりつめてゆく。
みるみる巨大化するラースの背にエリザベスとともにのり移る。これでプラムのところへ飛べる。
「光よ、壁となれ!」
「! ヴィンセント殿下も、この魔法を……?」
展開された光のドームにエリザベスが息をのむ。
「あぁ、役に立つかと思ってね。これでプラムがあの雷を撃ってきてもしばらくは大丈夫だ」
ラースは守れないが……まぁ聖竜だしなんとかなるだろう。そのことに気づいたのかラースが「グオォ……」と不満げな声を漏らしつつ動きはじめた。
オレたちをふりおとさないようにゆるやかに、風の中をすべるようにラースは飛ぶ。
当然ながらドラゴンの背中にのるのははじめてである。これが邪竜のままだったら棘がたくさんあっただろうし見た目にもよろしくないから、聖竜化してくれて本当によかった。
「あっ、こら、お前たち! どこいくニャ!」
ラースの接近を察知したケットシーたちは瞬時に格の違いを悟ったらしい、尻尾をふくらませて蜘蛛の子を散らすように逃げてゆく。プラムが怒りの声をあげてもまるっと無視である。一部は人の多い路地裏に逃げこもうとして衛兵にブロックされていた。
立ちどまったプラムのそばまで滑空する。
「プラム、話を聞け――!」
「ええい、いまいましいニャ!!」
説得の一歩目は失敗に終わった。
プラムは牙を剥きだしてうなったかと思うと、オレたちにむけて巨大な爪を突きだしたのだ。
爪の先からこれまでの数倍はあろうかという巨雷がほとばしった。
「ギュオォオォオンッ!!!」
ラースもまた咆哮をあげると火焔球を放った。属性の異なる二つの魔力はぶつかりあい、互いを飲みこもうと拮抗したのち、爆風となってはじけとぶ。
建ちならぶ商店の窓がビリビリと揺れた。
「大丈夫か、エリザベス!?」
「はい、殿下の結界のおかげで、魔法は届きませんわ」
ラースの翼の付け根あたりにつかまりつつエリザベスはおちついて答えた。
馬などの比ではない足場の悪さなのだが、そのあたりは妃教育で鍛えた体幹でばっちり支えられているようだ。美しい所作は体幹から――母上の教えである。
「こしゃくニャッ!」
ふたたびの巨大な雷撃。間一髪のところでよけたラースの翼を爪がかすめる。
雷はオレたちの背後、王宮へ一直線に疾走した。
一瞬、昼間の太陽をも眩ませるまばゆい光が天空にひろがった。
大規模な攻撃を受け、くずれかけていた母上の結界が完全に消失したのだ。
思わずエリザベスをかばうように抱きしめる。プラムも驚いたようで尻尾をぴんと直立させる。扇のようにひろがったヒゲ。
「これは……マリアベルの魔力だニャ……!!」
金色の目がきらりと光った。
「いまニャ、トドメを喰らえニャ、もう一度――」
「まて、プラム!! それをやったら、二度と母上とは会えなくなるぞ!!」
雷撃が渦を巻く爪の前へオレは飛びだした。正確にはオレとエリザベスをのせたラースが、だが。