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31.永遠の愛を誓います

 荘厳な鐘の音があたりに鳴り響く。時を告げるために鳴らす鐘ではない。王宮の、普段はとざされた尖塔に存在している典礼の鐘。その歴史は王宮そのものよりもずっと古い。

 遠音は王都に住むすべての人々へと今日が特別な日であることを知らせる。

 

 王太子の婚礼。

 国を挙げての祭典だ。一目でも見ようと大通りには人々があふれた。

 石畳の道には色とりどりの花びらが敷き詰められ、家々は旗や花を飾って祝った。その中央を白馬にひかれた豪奢な馬車が近衛兵に守られてしずしずと進む。

 わずかにひらかれた窓からのぞく花嫁の美しさに、見た者たちは息をのんだ。

 

 オレはといえば、そんな様子を、王宮の塔から見下ろしていた。

 

「ヴィンセント殿下、そろそろお時間ですよ」

「オレもエリザベスの横顔が見たい……」

「王宮画家が各所に手配されております。婚礼の様子はあとから一連の絵画として飾られる予定です」

 

 説明に隠そうともしないため息がまじる。

 リカルド殿が訪れてからこっち、ハロルドの態度は厳しくなったような気がする。

 

「わかった、行こう」

 

 参進の行列は大通りをのぼりきり、王宮の庭へとはいった。四頭立ての馬車が正面玄関につく。しばらくすればエリザベスがラ・モンリーヴル公爵夫妻とともに降りてくるはずだ。

 オレはハロルドに望遠鏡と双眼鏡を渡すと、まぶしいくらいに白い礼服の袖をたしかめた。

 

 

 式が行われるのは王宮の大広間。すでに列席者たちは主役の登場をまちわびていた。

 ふたたび鐘が鳴った。はじまりの合図だ。

 扉がひらく。左右にわかれた招待客たちの真ん中を、真紅の絨毯が走る。

 厚みのある毛足の感触を踏みしめながら、オレは招待客の前を横切っていく。

 

 もっとも入り口に近い場所には、自国の貴族たち。ラファエルの隣にユリシー嬢がいるし、エドワードの隣にセレーナ嬢がいる。本当に婚約したんだな……。ユリシー嬢もセレーナ嬢も、おそらくほかの招待客とは違った意味で緊張した顔をしている。というか青ざめている。

 そして他国の来賓。マリウス殿やリーシャ嬢、レオハルトもいる。つい数か月前に我が国を満喫していったはずのリカルド殿もちゃっかりいる。国王クラスは国を離れるのも大変だから、代理の方々でいいんだけどな。

 高くつくられた壇の前までたどりつくと、オレはいま歩んできた道をふりかえった。

 

 三度、鐘の音が響く。

 あけ放されたままの扉から、ラ・モンリーヴル公爵にエスコートされたエリザベスが姿を現した。

 

 フリルとレースをふんだんにあしらい、ふっくらと長く裾のひろがった、甘くかわいらしいドレス。それでいてアップにまとめられた髪とベールからのぞく静謐な表情が美しさをも惹きたてる。

 つまりは、この世のものとも思えぬほど秀麗かつ愛らしい。

 やはり天使であったか……純白の翼を幻視しそうだ。

 

 列席者たちの視線がエリザベスに集まる。エリザベスは視線を伏せて、浮足立った様子は見せない。

 まっているほうの役で本当によかった…とオレは思った。エリザベスにむかってオレが歩いていくパターンだったら、おそらくいまの時点で膝からくずれおちて歩けなくなっている。

 

 エスコート役の公爵殿はすでに目をうるませ、エリザベス以上に涙腺が決壊寸前である。

 わかりすぎるほどわかります、公爵殿。エリザベスが成長し節目を迎えたなににもかえがたいよろこびと、その輝く宝が自分たちの手から離れていってしまう寂しさ……新婦の父親に思いっきり感情移入してしまって泣きそうだ。

 列席者の視線がエリザベスに釘付けになっているあいだにぱちぱちと瞬きをしてにじんだ涙をごまかす。

 

 数分が永遠にも一瞬にも思える時間のなか、エリザベスはおちついた足どりでオレの前へとやってきた。

 ラ・モンリーヴル公爵が、握っていたエリザベスの手をオレへとさしだす。

 エリザベスが顔をあげた。

 ベール越しに、視線があう。

 

 言葉はなかった。けれども、細められた目に涙をたたえながらも、エリザベスがほほえんでくれたから。

 オレも手をさしのべながら、ほほえみかえす。

 

「エリザベス」

「はい、ヴィンセント殿下」

 

 エリザベスの手がさしのべた手に重なった。

 これまで何度もしてきたように、オレはエリザベスをエスコートすると壇上へとあがった。

 ふりかえれば、大広間には数百人もの人々がならぶ。

 壁際に置かれた金のリボン付きバスケットからラースも頭だけをだしている。

 

 皆が笑顔でオレたちを見守る。

 けれどその中の誰よりも、オレは晴ればれとした笑顔を浮かべていたに違いない。

 

「この佳き日に、皆様の前で婚礼の儀を執り行えること、誠に嬉しく思います」

 

 静粛な広間に、オレの声が響きわたる。

 

「我々はここに、結婚の誓いをいたします」

 

 オレの隣ではエリザベスが、やはり堂々とした態度で式に臨んでいた。

 

「妃となるエリザベスとともに、愛を育み、王太子としての責務をおろそかにせず、さらなる精進を重ねることを誓います」

「ヴィンセント殿下と、ウルハラ国に、永遠とわの愛と忠誠を誓います」

 

 誓約の言葉を述べ、エリザベスとむきあう。

 誓いが真実であることを証するための、キスである。

 

 エリザベスにむかって一歩踏みだす。

 

 腰を落とすエリザベスから、オレはゆっくりとベールをひきあげた。

 エリザベスの紫の瞳が一瞬オレを見、ゆっくりとまぶたがとじられる。

 

 数百人の人間がいるなどとは思えぬほどに、大広間には静まりかえった。

 期待と、そして不安がいりまじった視線がグサグサ刺さる。主にオレの積み重ねた黒歴史を知っている親世代や、ごくわずかに本性を知る友人たちから。

 

 エリザベスを支えるように手をそえる。

 すべての風景が視界の隅から溶けて消えていった。いまこの瞬間はエリザベスしか見えない。この世界にはオレとエリザベスしかいない。

 

 ゆっくりと二人の距離が縮まり、唇が重なろうとした、――そのとき。

 

 

「覚悟するニャ、マリアベル~~~~~~っっ!!!!」

 

 

 祝いの場にまったくふさわしくない甲高い声が、勢いよく飛びこんできた。

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